聖女の護衛
「ユウナ様、新しい護衛です。」
シエルはぺこりと頭を下げた。チュニックにトーガみたいな物を巻いて、胸当をして剣をぶら下げた格好。この男、この状況を楽しんでいないか?かなりおどけた様子で挨拶した。
「シエル様。ふう…。ではお願いします。」
反対に聖女は心配そうな表情。完全には納得していないのは明らかだった。暫くユウナは教会の敷地内で過ごすことになったが、その移動先にもシエルはついていくことになったのだ。
「では、ディエン先輩も宜しくお願いします。」
「ふ、ふん、馬鹿者。」
シエルが挨拶すると、先輩従者は顔を赤らめた。ユウナは初めディエンが強固に反対するものだと思っていたが、蓋を開けてみると随分と大人しいので意外に思った。
「それではユウナ様、今日は先ず聖堂へどうぞ。」
他数人のお付きの人が、スケジュールを読み上げた。
「はふっ。」
昼食時にかなり疲れたシエルは、椅子に倒れ込んだ。
「こんなに大変だったなんて知らなかったよ。」
ずっと付き添っていただけだったが、あちらへこちらへ、儀式、謁見、祈り、雑務、書き物、書状の確認、ユウナだけでは無いだろうが、聖女の仕事の多忙さに目が回ったのだ。
「まあシエル様。初めは大変だったんですが、今はもう慣れました。」
すっと背筋を張ったままスプーンを操る聖女を見て、改めて彼女のすごさを認識した。
「ふん、」
ざまあみろと言わんばかりに、ディエンが見下したように視線をよこした。シエルがその目線を捕らえると…、ディエンはさっと目をそらした。ディエンの頬は赤くなっていた。
「シエル様、食欲は無いんですの?」
食事に手が付けられない。
「スープだけ貰います。」
折角の料理で勿体ないけど、疲れすぎで食べる気がしない。豆と野菜のスープを頂く。教会の食事はそれほど豪華じゃ無い。むしろ質素なぐらいだ。それが却って胃に優しいようだ。しかしディエンは全く食事に手を付けてなかった。
「あれ、ディエン食欲無いの?」
ユウナが声を掛けると、
「後で頂きます。」
と小さな声で返事があった。
それからまた夕方まで業務は続いた。自分だったら半日で逃げ出すだろう、とシエルは思った。これを何年も閉じ込められてやらされたら…それは街へ逃げ出したくもなる。強靱な精神力の聖女に同情が湧いた。
「あふっ」
二度目の倒れ込み。夕食は食べられない。
「シエル様、湯浴みはどうしますか?」
「ユウナ様、それは私が訊ねることです。私は今、貴方の従者なのですから。」
思わず立ち上がって、非礼をわびた。一日で自分の立場が飲み込めてきた。自分は護衛且つ従者なのだ。
「…。ふう、そうですね。ではシエル様、お供お願いします。」
ユウナの顔が曇る。ユウナ自身は今回の護衛の件は手放しで喜べない。シエルが従者の立場になるのも快くないのだ。
「えっお供?」
思わず、シエルが叫ぶ。
「は、え、違、違います。湯殿の外までです。…。」
慌てて叫ぶユウナ。可愛い。
「馬鹿やろう。」
ディエンが呟いた。
コツコツ。湯殿までの道。
「ユウナ様、それから、私のことはシエルとお呼び下さい。敬語も不用です。」
これでは周りにも示しがつかない。しかし、当のユウナは頑としてこれを受け付けなかった。
「嫌です。これだけは譲れません。…それにシエル様まで神殿の雰囲気になってしまっては、私辛いです。」
嫌なことはしないことにしよう。シエルは敢えて反対しなかった。
「さあ、とっととあっちへ行け。」
湯殿の更衣所に近づくと、ディエンがシエルを蹴り出した。
「ディエン…先輩はどうするのですか。」
つい間抜けた質問をする。
「私は浴槽まで一緒に行く。お体をお流しするのも侍女の役目だ。それから貴様、少しでも浴槽に近づいてみろ。命は無いと思え。」
普段の何十倍もの殺気が放たれた。
その後湯上がりユウナさんを観れたことはまま良かったが、やはり一日慣れないことで疲れた。寝床はユウナや女性たちの寮からかなり離れた、男性寮の隅の一角があてがわれた。他の男性労働者も流石聖職業、早めに就寝していた。シエルも服を脱ぎ捨てると、ベッドに倒れ込んで泥のように眠りに落ちた。




