暗殺者と聖女
「どういうつもりだ。」
すれ違いざま刃物で切ろうとしてきた黒いローブの男の手を抑えつつ、シエルは問いかけた。
「…。」
その男はさっと離れ、刃をローブの中にしまった。
「何ですか?」
困惑するユウナさん。
「敵か?」
流石元護衛であるディエンはさっと構えて戦闘態勢に入った。明らかにユウナを狙ったのもだ。
「どういうつもりだと訊いている。」
シエルが再び声を張り上げる。
「…。」
何も答えないローブ男。次の瞬間に人間離れした早さで襲ってきた。
「っ。」
シエルも戦闘態勢に入る。早いな、しかし魔法使いの敵では無い。2人の女性を庇うように敵の刃を持ち歩いている杖で凌ぎ、反撃の蹴りを繰り出す。
「ぐがっ。」
魔法で強化されたシエルのブーツがローブ男の体にめり込む。シュ、何かが飛んでくる。シエルはそれを杖を投げて弾いた。
「新手か。くそ、ユウナさん離れていて下さい。」
素早い敵の動きに手が止っている聖女。おかっぱは主を庇ってその体を押し込んだ。
「ディエン、お前はユウナを側で守れ。敵は複数だ。」
鋭い指示に驚きながらも従者は頷いた。流石に武人というわけだ。状況と自分の役割を瞬時に理解している。しかし敵はかなりの手練れで従者には荷が勝ちすぎる。
シュ、シュ。
刃が飛ぶ。同じ格好をした数人の男が続けざまに攻撃してきた。恐らく刃には毒が塗ってあるだろう。打ち落としながらこちらも攻撃する。
「ぐがっ。」
一人を仕留めた。素早いが魔法使いの神経伝達速度には敵うはずが無い。少し魔法も展開して警戒する。全部で5人か。離れたところに監視役が1人がいる。
「偉大なる我が神…。」
ユウナさんが詠唱を始めた。それに従って聖力が展開されていく。これでユウナさんの周りは安全だ。聖力の効果で自身の魔力が薄まらない位置に離れて出来るだけ自身の聖力も展開する。聖力に魔力を接続し自身の魔力を最大限相手の聖力下でも許して貰うのだ。
シュ、シュ。傍らではディエンが飛んでくる刃の全てをたたき落としていた。あと三人残っている。一気に片を付ける、と思ったときなじみのある感覚がシエルを襲った。
「…。フローズンニードル。」
青く光る数本の錐状の物体が現れて空を切った。
「ユウナさん。」
シエルはなりふり構わず彼女の前に身を躍らせた。そこからはスローモーションだった。青い数本の矢が聖女めがけて飛び、それを無謀にも人間の反応速度で防ごうとする従者。非情にもその矢は従者に命中せんと走るが、それを払いのけようと身を躍らすシエル。
「ぐあ。」
今度はこちら側から悲鳴が上がった。
「シエルさんっ。」
聖女の悲痛な叫びが上がる。
「おっさん、大丈夫か。」
さすがにおかっぱ従者も事の重大さを理解する。氷の矢はシエルの左肩に深々と刺さっていた。反れた矢はユウナの聖力で消滅されたが、そのうちのディエンに命中するはずだった2本がシエルの肩に刺さったのだ。
「だ、大丈夫だ。警戒を解くな。ディエンお前はユウナさんの結界の中に入れ。決して出るな。」
「わ、分かった。」
相手も魔法使い。しかしユウナさんが見ているのでこちらは魔法を使えない。表に出ない程度に体に魔力を充実させて物理的な攻撃をたたき込む。
「ぐえ。」
「ぎゃ。」
瞬く間に2人ぶっ倒す。悪いが命は貰う。相手がこちらの命を奪うと選択した以上慈悲は無い。不利を悟ったのか、最後の1人、離れたところにいた監視役が撤退の動きを始めた。
逃がすか。
持ち歩きの投針に魔力を込め狙いを定めようとするシエル。あ、くそ。ユウナさんの結界が邪魔で魔力を使っての感知ができない。監視役は丁度ユウナさんの結界に隠れる方向に入ってしまったのだ。今から調節して間に合うか。これでは投針も届かない。そうこうしているうちに監視役は姿を消してしまった。
あ、くそ。
敵対した魔法使いを逃がすリスクをシエルは痛いほどわかっていたが、肩に刺さった矢の毒で意識がもうろうとし始めた。おかしいな、毒消しは掛けたはずだが…
ドサッ。
崩れるように地面に倒れた。
「シエル様っ。」
「おっさん。」
遠くで女性2人の声を聞いたような気がした。




