魔法使いの男
ああ、ホント人間ってめんどくさい。
俺は魔法使いのシエル、 森の奥に住んでいる。
ここは快適だ、誰も近寄らない、っていうか人間はここまでたどり着けない。
鬱蒼とした森と俺様特製の魔法結界、残酷な罠、街ではあそこの森は魔物の森だから入っちゃ駄目だと小さいガキでも教えられているようだ。
快適快適、何時までも怖れていてくれ。
森を出ると人間の王国と街があって、俺もそこに買い出しに出る。
変装なんて簡単だし誰も魔法使いだなんて分からない。
人間は嫌いじゃないが魔法というのがやっかいで、強力な力の反面恐れの対象。
しかし人間が勝手に恐れているだけで、元々超自然的な知識や力を持つ家系が細々と守ってきた特殊能力。
俺んちは治癒に特化した魔法体系の家。本当は他人の治癒なんて興味なかったけど、家の伝統は絶やしちゃいけないので俺が貧乏くじ引かされた。
他にも魔法家があるようだが俺はあまり知らない。
先祖代々の敷地であるこの森は俺のテリトリーだが、両親が早く亡くなったせいか(150年前くらい)親類も他の魔法家にも縁が薄い。
妹は30年くらい前に人間と結婚して森を出た。
風の便りでは、猫を被って魔法は一切使わず人間のように暮らしている。
年月が過ぎても若々しい(魔法使いは長命)ので美魔女って呼ばれているらしい
本人は「あら、そんなことありませんわ。ここのところ皺が目立つので嫌になっちゃうわ。」なんてしらばっくれているけど、本当の皺なんて後300年くらい経たなきゃ出てこない。
奥様連中の間では体質(童顔)とか若作りということで落ち着いているらしい。
ごくたまに、姪っ子と甥っ子にも会う。
俺自身300年ぐらい生きている。
だから人間と会っても一時的な慰みにはなるけど基本は孤独。
さらに家系なのか、童顔も童顔で成長期のガキ扱いされるときがあってうんざりする。
齢300年の叡智と人生経験の塊だっての。
王国の国王(御年60歳)こそガキ扱い出来る。
まあ生まれつき酒が飲めない俺は人間の酒場でジュース飲んでいるから、舐められても仕方ない。しかし妹は蟒蛇で樽ごと飲める。何が違うのか。
今日は食料を買いに来た。街でしか手に入らないビーフジャーキーも買う。森に住む狼に催促までされた。
買い物を終えて、なじみのバーに寄る。ここは安く食べられるし雰囲気も気に入っている。
時折絡んでくる酔っ払いがいるので、それだけが鬱陶しい。
「おう、おちびちゃん。子供は寝る時間だぜ。ママのおっぱいでも吸ってな。ここに来るなんて10年早いぜ。」
早速絡まれた。酔っ払い。まだ15時だろ。それに俺はお前らの誰よりも歳喰ってるっつうの。
何日風呂に入ってないんだよっていうくらい臭う酔っ払いのおっさんが大声を上げると、
「そうだ、怖いぜ、早く帰った方が安全だ。わはは。」
数人の酔っ払いが調子こきやがった。
かまわずカウンターに座ると、美人のママがいつものヤツを出してくれる。
いつものオレンジジュースとハムサンド。
「久しぶりね、買い出し?」
「はい、クレアさん。ここは変わりませんね。クレアさんもお変わりなく美しいです。」
「まあ、お上手ね。」
自分は18歳という設定にしているので子供のお世辞だと喜んでくれる。
この街では素に近い姿で出歩くが、妹の所に行く時はおっさんに変装していく。だから、妹の旦那家族は姪甥除いて俺の実の姿を知らない。
18歳と設定しているのは見た目がそれ以下だそうで、それ以上に設定すると嘘くさくなるからだ。
つまり売買したり出歩けるギリギリのライン。
まったく不本意だ。
(さて、お目当ての物は手に入ったし、久しぶりに出かけられた。さっさと食べて退散しよう。)
「シエル君、東の開拓地で聖霊石が見つかったそうよ。国王の肝いりで本格的に採掘に乗り出すんですって。」
「ふーん。上手くいけば財政が潤うね。でも僕は国の外れの方に住むでいるし直接は関係ないかな。」
聖霊石。
人間が勝手に聖霊と名付けているが、俺に言わせれば単なる透き通った石っころ。
宝石としての価値はあるだろうが、それを魔法や魔術や薬の生成に利用できるほど人間の知識は深くない。
俺ならそれを物理現象として利用できるが、面倒なのでするつもりはない。
人間はそのような使い方が出来ることも知らないから、文字通りただの石っころなのだ。
「採掘に人手が欲しいんですって。貴方にもいい稼ぎになるんじゃないかしら。」
ああそういうことか。
確かに薬草だけの売買で通貨を得るのも楽じゃない。
暇つぶしも兼ねてやってみるか。
魔法使いは数百年生きるので、身体機能も只の人間よりは高い。
「確かにいい話ですね。何処で募集をしているのですか。」
「確か労働局よ。ためしに行ってみたら良いわ。」
「ありがとうございます。」
良い話を聞いた。
久しぶりに新しいことをしてみるか。
そう思って楽しい気持ちになってたが、
「おいおい、おちびちゃん。そんなちっこい体で何ができるんだよ。砂遊びじゃないんだぜ。」
とまたあの酔っ払いがしゃしゃり出てきた。
もしかしてクレアさんといつも仲良く話しているのが気にくわなかったのか。
こいつは結構この店で出くわす。
本当にめんどくさい。
「すみません。お金に余裕がなくて。稼ぎになることを少しでもと思いました。」
哀れな少年風な表情で答える。
年長者は年下とそうそう争わない。
下手に出て上手く対応する。
「おう…。そうか、頑張れよ…。」
ふふふ、年下と思われているのが却って健気さを強く印象づけるのだ。
「おじさん達は応募しないのですか?」
「おう、それよりもその開拓地の護衛だな。」
「護衛?」
「おうよ、お前も知っているだろうが魔物が出るんだよ。魔物の討伐さ。金になるぜ。」
ふむふむそうか。新しく開拓する土地は、元々そこに住んでいた動物たちを追い出すことになる。つまりそこで争いが起きるって訳。
しかし魔獣も我々と同じ生き物だ。魔法使いと同じような進化を獲得して、身体・精神能力が高い動物、それを人間が勝手に「魔」と言っているだけ。
でもおかしい。そのような魔獣を退けるのに人間のおっさん集団では分が悪いに決まってる。国王も馬鹿じゃない。何か秘密の武器でもあるのだろうか。