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第九話 恵まれていない女性③

 その男たちを見て、私は何となく察してしまった。


 冬の分厚いコートを着ていても外見からわかる屈強そうな男二人と、狡賢そうな小柄な男。

 私の身体を遠慮なく嘗め回す嫌な目つきで晒すこの男は、恐らく借金取りなんだろう。


 借金取りって言葉が合ってるかは知らない。

 でも、よく考えればわかること。


 私は昼間から働いているし、妹も学校に行っている。

 その間あれはなにをしていたのか。最低でも働きに行っていることは否定できる。


 なのに新しい酒を買っては飲んでいた。

 つまりどこかから金を借りていた。


「あなたのお父様について、と言えばわかりますか?」


 猫なで声をさせながら近づいてきたその男に嫌悪感を隠せない。

 でも金を借りているのは私の家族らしい。


「おうちに上がらせて頂いてもよろしいですか? 雪が降ってきたもので」


 大げさに肩についた雪を払う小柄な男。

 もし追い返したらどんな噂を近所に流されるかわからない。


 そもそもあれがいたせいで、木本家の評判はひどかったし。

 それに見なくなってからは、私が殺したといううわさも聞いた。


 殺したかったけど、大の大人に勝てるほど私は力を持っていない。



 仕方なく私は家に上げる。

 妹がいなくてよかった、ただそれだけは思った。


 消費者金融業者と自称では言ってくる男は、仰々しく契約書やその金額についてわざわざ一から説明してくれる。

 業者というのは名ばかりでヤクザのような連中であることは私でもわかる。


 ドラマのような世界。それが第一印象。


 いつかこうなると実は思っていたから、そこまで驚きはしなかった。ただ、その現実を見ないようにしていただけ。

 汚いものに蓋をするように、私はあれのことを見ないようにしていた。



「あなたのお父様は返済日になっても一向に返さなくても私どもも困っているのです」


 丁寧に話しているのに、何故か品が悪く聞こえる。

 そしてなんで私にそんな話を続けるのか途中から薄々勘付いていた。


 蒸発したあれの代わりに私に金を払えということだ。



 多分お母さんのことも知っているだろうし、妹のことも知っている。

 私だけが支払い能力があるから、そういうことだ。


 そして告げられる金額を聞いて、言葉を失う。


 一体いくら借りたんだ。とんでもないけど一生働いても払える額ではない気がする。

 奨学金がなくて、給料の高い場所で働いて、且つ一人で生きていくと決めればなんとかなるかもしれない。


 でも、そのすべてが今のところ望めない。



「木本さん、あなた美人ですので、こんな場所で働かれるのはどうでしょうか? 知り合いが経営している店です」


 親切に働き口を斡旋してくれるはずなどない。

 そういう業界に詳しくない私が見ても、店名だけでそれが風俗のお店だとわかる。

 ……ほんとにもうドラマみたい。


 

 どこか私は他人事だった。

 多分、私は摩耗しきっていたんだと思う。あれがいなくなってから人生が楽しくなったのは事実だし、これからの未来について楽観的な感情もあったけど。


 全てに疲れた。


 別に私は自分の見た目に自信があるわけではない。胸もないし、多分普通の人と比べてかなり痩せてる。

 でも、それでお金になるなら安いんじゃないかな。


 大学に入ってから水商売を選ぼうか迷ったけど、自ら飛び込む勇気はなかった。でもこれ以上選択肢はないみたい。


 ……でも、気になるのは妹の存在。

 まだ小学生の妹は一人では生きていけない。


 親戚からはあれのせいで断絶されていた。今から頭を下げれば何とか引き取ってくれるだろうか?

 お母さんの入院費を出してくれているだけありがたいのに、更に妹を引き取ってくれるかはわからない。


「そこで働いたら、返すまでに何年くらいかかりますか?」


「どうでしょうねぇ、貴女の働き具合ですが十年くらいでしょうか」


 真面目に計算しているようには見えない。多分、私に拒否権を与えないような発言。

 長過ぎて絶望して自殺されても困るからちょうどいい期間を選んだように思える。


 十年。その頃には妹は成人する。

 独り立ちできるまでの間、私が水商売をすれば丸く収まる。



 結局、選択肢はないってこと。


 考えるのも馬鹿らしくなっちゃった。

 なんで私があれのせいでこんなに人生滅茶苦茶にされないといけないの?

 私が何をしたって言うの?


「わかりました」


「賢明な判断ですねぇ、お父様も感謝していると思いますよ」


 一々癇に障ることを言ってくる男。


「それでは大学を辞めてもらって、来月から働いてもらうということでいいですか?」


 一瞬言葉に詰まる。

 お母さんとの約束。でも、私のため、妹のためだ。


 私は黙って頷いた。



「では契約書にサインなどして頂きましょうか」


 用意周到に、偶然持ってきていた書類をテーブルに並べてくる。

 正座の私はペンを持っている手が少し震える。



 沈黙の中で流れる着信音。

 小柄な男は面倒くさそうに携帯を確認して、電話に出る。



「…………え? え?」


 何かを聞いて、男は素っ頓狂な声を上げる。

 私にはどうでもいいからと名前を書こうと思ったとき、男が書類を急に取り上げた。


「え、本当ですか? ちょ、え、はい。え、ええ。まあ、今まさに家におりますが」


 雲行きが怪しい。

 電話の聞き返しが明らかに多すぎるし、何故か書類が取り上げられた。


 でもわかる。

 これは好転じゃない。今までの人生恵まれていなかったんだからそれくらいはわかる。


 多分、地獄から大地獄に落ちるところ。

 私にできることはただ一つ。祈ることだけ。


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