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第八話 恵まれていない女性②

 奨学金で北海道の国立大学に進んだ。

 本当はすぐにでも働きたかったけれど、お母さんが私に頭を下げてまで大学に行くように言ってきたから仕方なかった。

 それに大学生になればもっといいバイトができるのを知っていたし。


 あんなゴミくずでも、収入源である私やお母さんを殴ることは減っていった。

 私たちが倒れでもしたらゴミに生活を成り立たせることができないからだ。


 だからこそ恐れたのは妹への暴力だ。

 私が大学に進んだ時点でまだ小学生。ちょうど私が初めて殴られたタイミングと近かった。


 この子だけは守らないといけない。そう思っていた。

 自分が犠牲になってでもこの子は救わないといけないと。



 そしてここで二つ目の転機があった。

 最悪の方向への転機。


 お母さんが倒れた。そうお母さんの職場から電話が来た時には単純に過労だと思っていた、思いたかった。

 それは癌によるものだった。最近どんどん体重が落ちていたのは知っていたし、食事量も減っていたのは知っている。

 ……でも、癌だったなんて。


「使えねえ女だ」


 ゴミはそう毒づいた。

 初めて私は人を殺したいと思った。いや、最早人だと思うまい。


 幸いなことにお母さんの入院費は、お母さんの両親が出してくれた。

 既にあのゴミの行いについては他の親戚にも広まっていたから無理かと思っていたけれど。いろんな場所にお金を借りに行けば当たり前なんだけど。



 私はバイトの量を増やした。

 この家を捨てるために。違う。このゴミを捨てるために。


 そのためにはまずお金が必要だった。

 妹をしっかり育て上げるためのお金が。


 大学には単位を取る必要最低限以外には殆どいかなくなった。

 本当はやめて働きたかったけれど、病床に伏しているお母さんがどうしても許してくれなかった。


 そして病院のベッドの上で初めて私の出自について話してくれる。



 あのゴミとお母さんは幼馴染だった。

 昔からどうしようもなかった男だが、そんなお母さんは母性本能から一緒にいたのだという。


 高校生ながら煙草を吸い、酒を飲むゴミと接していたのだ。

 そして高校を卒業する前、あろうことか別の女と付き合っていたゴミはお母さんに手を出した。


 ただの欲求不満だったのだろう。

 無理矢理行われたその行為で私が生まれた。


「ごめんね、ごめんね……」


 泣きながら謝られた。

 なんでお母さんが謝るの。


 お母さんは何も悪くない。

 ただの被害者だ。



 お母さんはずっと自分を責め続けた。そもそも自分があのゴミをもっとしっかり支えてあげられなかったからだと。


 違う。私はそう叫びたかった。

 でも必要以上にお母さんへの負担をかけられなかった。


 ただし、私の決意は固くなった。

 絶対に家を出てやると。


 それでもお母さんの為に大学は絶対に出ようと思っていた。

 そう思って大学生になってから初めての冬を迎える。


 お母さんには、私を丈夫な身体に生んでくれたことを感謝しなければいけない。

 そして優秀な頭をつけてくれて。

 

 私は大学のほとんどをさぼるも殆どの教科の単位を通した。


 奨学金で生活費を賄い、バイト代で妹とお母さんのために使う。

 そんな生活にも慣れていたころだった。




 突然、家にのさばるだけの金食い虫のあれがいなくなったのだ。


 最初はどこかに出かけただけだと思った。

 でも、夜になっても帰ってこなかった。


「お姉ちゃん……」


 妹は心配そうな顔で私を見つめていた。

 多分、あれから解放されることを考えていないようだった。


 私は優しく抱きしめてあげることしかできない。


 そしてそれが半月ほど過ぎた。

 蒸発したあれ。



 私たちは少しずつ、少しずつ今の状態を理解していった。


 あれはもう戻ってこない。私たちの世界に平穏が訪れたのだと。

 妹と喜び合った。


 でも、お母さんには何も告げられなかった。

 喜んでくれるのかはわからない。悲しむのかもわからない。


 私は病室で何回も話を切り出そうか迷っていた。抗がん剤で弱っていくお母さんを見ながら、どうしようかと思っていた。

 今なら自信を持って言える。お母さんはあれを愛しているが、それはもう病気に近い。恐らく癌とか比較にならないぐらい質の悪い。


 結局、私は妹と二人で秘密にすることにした。

 お母さんに聞かれても、何とか誤魔化すことにした。



「最近、大学が楽しいよ」


「そう、よかった……」


 楽しいと言ったときのお母さんの顔を見た私は、心の底から大学を辞めなくてよかったと思った。それに奨学金はあるものの、大学を卒業したらしっかり就職して妹と暮らす未来を描けていたからだろう。





 そう、あの時まで。




 突然あれが消えたと同じように、突然奴らはやってきた。


「木本遥子さん、ですよね?」


 大学に入ってから二年目の冬、自宅前の雪かきしていた私を見知らぬ男たちが声をかけてきた。


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