第七話 恵まれていない女性①
自分が恵まれているか、いないかを考えた時、恐らく殆どの人がどちらでもないって答えると思う。実際には恵まれているのだと思うけど、常に恵まれていることを当たり前だと認識している人たちは上や下を見る。そして自分は普通だって。
私は自信を持って言える。恵まれていないのだと。
生まれは札幌の外れ。
電気工事などを行う作業員の父と、スーパーのパートで働く母の間で生まれた私。
幼い頃は貧乏ながらも平和だった。いや、平和ではなかったのかもしれないけど気が付いていなかった。
裕福な家ではなかったから習い事や塾とかには行ったことがなかった。
それでも小学校では他の子と普通に混ざって遊んでいたし、学校では結構勉強ができるほうだった。
お休みの日には友達の家に遊びに行ったこともあるけど、その時に初めて他の人の家を見た。
そこではお父さんとお母さんが仲睦まじい姿で私たちが遊んでいるのを見ていた。
仲が良かった子に誘われて、友達の両親と一緒に四人で遊園地に行ったこともあった。
その時に初めて気が付いた。
うちの家が普通の家ではないんだって。
私の家ではそもそも会話はない。
いつも不機嫌そうに黙っているお父さんを、私とお母さんが常に気を遣う生活だった。
お母さんの料理をお父さんがまずいと言えばそれはまずい料理だし、お父さんが間違っていても、お父さんが正解になる、全てお父さん基準の家だった。
運動会も授業参観、学芸会にだって来てくれたことはない。
……そもそも入学式はどうだったのかな。今となってはどうでもいいけど。
でも、あの時までそれが当たり前だと信じていたし、どの家もそうなんだと思ってた。
嘘、それは違ったかもしれない。
運動会とかの行事に来る家庭を見なかった振りをしていたのかもしれない。
いつもお母さんは悲しそうな顔をしていて、それに気づきたくなかっただけなのかもしれない。
それで友達の家に行ったことをきっかけに、私の家が普通ではないと知ってしまった。
勿論、家はそれぞれ違う点はあるけど、うちは明らかにおかしい家だったと思う。
お父さんはよくお酒を飲んで大声を出していたし、お母さんはただただ委縮していた。
私はその被害に巻き込まれないように小さく縮こまっていた。
ただ、そんな生活だったけど学校の後半に入って一つの転機があった。
それは、私たち家族に新しい命が増えたこと。
十つほど違う妹が誕生したことだ。
私はそれで少しはお父さんが変わると思っていたし、そう思いたかった。
「うるせえんだよ!」
泣いている赤子に対して何を思ったのか。
お父さんは妹を、まだ何も一人ではできない娘に向かって拳を振り上げた。
多分、大量に酒を飲んでいた。
赤ら顔だったし、呂律は回っていなかった。
お母さんはその場にいなかった。
私は反射的に、無我夢中に妹とお父さんの間に身体を割り込ませた。
頭が割れるかと思った。
何が起こったかわからなかった。
でも、数秒して自分が妹を庇ってお父さんに殴られたことが理解できた。
「なんだその眼は!!」
初めて私を殴ったお父さんは少し動揺していたように目を泳がせたけど、それから私はお父さんから殴られることが増えていった。
多分、私は子供ながらにしてお父さんを……自分の父親に哀れみの目を向けてしまったんだろう。
酒を頻繁に飲んでいても、自分の娘からそんな視線を向けられることが耐えられなかったんだと思う。
そしてその瞬間から、私は自分の親であるはずの父親をお父さんだと認識できなくなった。
家にのさばり、金を酒に変えて家庭を破壊しようとする邪魔者。
お母さんは何故そんなクズと一緒に居続けるのかわからなかった。
もしかしたら、私や妹がいたからかもしれない。
私たちがいなければ離婚したのかもしれない。
昔はいい人だったのよ、たまに涙を流しながら私を抱きしめてくれたのを未だに覚えている。
日に日に酒の量は増え、私だけではなくお母さんも殴るようになっていたクズ。
後々お母さんが入院して分かったけど、私にばれないように結構前から暴力を振るわれていたようだ。
朝から酒を飲むようになり、その状態で仕事に行く。
勿論仕事が終わってからも大量の酒を飲む。
どう考えてもトラブルを起こして失職するのは時間の問題だった。
その頃には私は高校生になり、現状を絶望しながら進学していた。
お母さんが必死にパートで働きながら、私の学費を出してくれていた。
「あなたはお母さんみたいになっちゃダメ。そのためには大学まで出なさい」
私はお母さんの負担にならないために、進学校ながらお願いしてバイトをさせてもらっていた。
学校の授業を真面目に受けることを条件に、先生は許してくれた。
多分相当変な家庭だと思われていたと思う。でも、私は少しでもお母さんのためを思った。
……でも、結果的にその大部分があのクズの酒に消えていたわけ。
学校の成績を決して落とさず、でもバイトを続けた私には常に時間がなくて、関わる人もおらずあまり友達がいなかった。
明らかに変な子として浮いていたと思う。
でも、そんなこと気にする余裕なんてなかった。
私の高校生活はそんな異質なものだった。
でも、そのおかげで大学に行くお金を多少は貯められた。