第五十四話 壊れかけの人狼⑨(終)
「うん。あたしたちの完勝ってことで」
「……お前、性格変わってないか? 始めあんなに怯えていたくせに」
飛谷は朗らかに笑っている。
始めに発狂しかけていた女とは思えない。
「そりゃそうでしょ。人が死んでるんだから変わらない人間のほうがいないでしょ」
苦笑している。
今回の昼のターンは俺が止めでヘイトの集めりそうな村人を人狼だと嘘をついた。
そもそも俺と飛谷が生き残っている時点で、哀れな無実の村人以外の、俺を本物の占い師だと信じている他三名の内片方でも賛同してもらえれば勝利は固かった。
俺を偽物だと罵倒し、本物の占い師を殺したことを必死に訴える村人を前にしても俺たちは冷静だった。
四人がかりで人狼側の悪足掻きだと信じ、そして処刑した。
そして処刑し、各自部屋に戻る。
ここでゲームが終われば村人の勝利。
だが、勿論俺たちが二人とも生き残っているため夜のターンが発生する。
村人の三名は戦々恐々としていただろうか。いや、そもそもこのゲームで負けたとして生き残った村人がどうなるかわからない。二名が絶望の淵で生き残れるのか、それとも一緒に抹殺されるのか説明されていなかったのだから。
せめて他の人が死んでくれ、そう願うしかないのだろう。
「ねえ、最後はあたしが殺してもいい?」
「…………」
「なるべくあたしに負担かけないように殺してくれてたんでしょ。最後くらいは人狼としての仕事はするわ」
持っている拳銃を要求する様に、飛谷は俺に手を差し伸べた。
……この女は何を考えているのか。
このデスゲームに参加した時点で最早まともな生活を送れないかもしれない。
だが、それでもまだ直接的に人を殺していない。まだまともな道に返れる可能性はある。
拳銃で人を撃たなければ。
「ありがとね、途中まで気が付かなかったわ。あたしのことを守りながらゲームに勝つって大変じゃなかった?」
今までは自らも死ぬ可能性があったから、そこまで気が回らなかった。そういう意味合いだ。
「……大変かどうかはもう一度やらんとわからん。ただ」
俺は途中まで口にしたが、言った瞬間にそれ以上言葉を出す気にならなくなった。
それ以上紡ごうとした言葉は最早無意味だ。
もうお前と人狼をするのは遠慮したい。
俺はその手が引かれるまで待ち続けた。
それだけは譲らなかった。自分の存在証明を残すためにも。
違う。この女の思い通りになってたまるか、ただそれだけの感情だ。俺を死なせてくれなかったこの女へのささやかな復讐。
「強情ね」
「……当たり前だ。折角死ぬタイミングがあったのによ」
ここで自殺するような真似は流石に出来ない。
俺が死ねば飛谷まで処刑される可能性は否定できないのだから。死ぬタイミングとしては前回か前々回のターンでなければならなかった。
本来であればもっと前に死ねたはずなのに。
「ねぇ、連絡先教えてよ」
「……嫌だ。そして何故?」
飛谷は俺の向かいに座りながらはにかんだように笑った。
もう恐怖の時間は終わっている。どう足掻いても俺たちの勝ち。だからそういう表情だろうか。
「あなたに興味が出たから。吊り橋効果かもね」
「……吊り橋効果だな」
「そうかしら? 女って言うのは頼りになる男がいたら惹かれるものじゃない?」
この女、狂っているのか。
口には出さなかった。
「頼りになる男ではなかっただろ」
「……本気でそれ言ってる?」
ものすごく、今日一番で呆れるような表情を浮かべている。
はっきり言って失望レベルの表情だろう。
「自分の命を投げ打ってでもあたしを助けようとしてくれてたでしょ。命賭けてもらえる機会なんて普通ないから」
それもそうか。
「だが、お前は最初に俺のことを好きになりそうにもないと言ってなかったか?」
俺は天井を見上げて、なるべく如何にして抵抗しようか考えていた。
この女は理解できない。
「それは過去のあたしの失点と認めるわ」
「…………」
何か言い訳を述べるのであれば俺は反撃できる。
だが、あっさりそう認められるとそれ以上言えない。
「で、吊り橋効果かどうか確かめたいからまた今度会いましょう。もうただの一般人だから時間もあるし」
……お前の見た目を一般人と言っていいのかはわからない。
確実に注目を集めるから面倒とだけは言えるだろう。
「俺に拒否権は?」
「あるかもしれないけど、女は執念深いわよ。全国どこにいようと辿り着いてあげるから」
……それは怖い。
降雪地方であることは過去の話で知っているだろうし、制服から地方は割り出されるかもしれない。こいつなら本気でやり兼ねない。
「……犯罪に近いな」
「恋は盲目って言うでしょ」
言ったとしても、俺の呟きへの返答としては確実に間違っている。
恋は盲目だとしても何をしていいわけではない。
「生きていればもっと楽しいことだって悲しいことだって一杯あるんだから」
「……俺と大して年も変わらないくせに」
「だからこそよ。楽しむ相手がいなかっただけなんだから、今度からはあたしが一緒にいてあげる」
……誰もお前といたいと望まない。
「因みに好みの女性は?」
「……最低でもお前以外」
急に接近を試みようとしてくる目の前の女を牽制しておく。
……恐らく、いや確実に吊り橋効果だろう。
当初は恐怖感が支配しているため、全く俺への感情を向ける余裕がなかった。ただ、その状態から俺とともにいる時間が長くなってきたため恐怖感から達する心拍数の上昇を俺への感情と勘違いした。
徐々に勝利が近づいてきたため、恐怖感のウエイトが下がっていき、代わりに俺への感情が比率をあげたというところか。もう知らん。
「じゃあその最低以外を教えなさいよ」
いや、そもそもの大前提がお前以外って言っているんだが。
「そうだな……」
真面目に何を考えているのか。自分でも疑問だった。
だが、こんなに誰かと会話をしたのは久しぶりかもしれない……これが吊り橋効果ではないことくらい理解しているが。
どうすればこの飛谷と距離を空けられるか。
「……俺くらいぶっ壊れてる奴かな」
「あら、そしたらやっぱり拳銃を受け取ろうかしら。一緒に壊れましょ?」
「……大丈夫だ。お前は最早俺よりも壊れてるよ」
頭を抱えながら、俺は立ち上がる。
最後の仕事が残っている。
拳銃を飛谷に渡し、そしてともに部屋を出る。
誰を殺すかなんか決めていない。
そもそもどうでもいい他人を殺すことに選ぶ興味などない。
それよりも、この女からどうやって離れるか。それくらいしか考えていない。
「じゃあぴったりじゃない」
「……吊り橋効果か知りたかったら、消える前に来ることだな」
負け惜しみにしかならない。
「はいはい、ちゃんと見つけ出してあげるから必死に生きてて。小鳥遊君」
最後の発砲音は俺からのものではなかった。




