第五十一話 壊れかけの人狼⑥
「もう一度言うわ。あなた自分で何を言ってるかわかってるの?」
「ああ、これが最善の一手だ」
人狼が自害するなんて普通思わない。もしも俺が村人なら絶対にそう思う。
特にもしも俺と飛谷が恋人同士で飛谷に生きてほしいというのであれば有り得る話かもしれない。
だが参加者たちは皆知っている。全員が初対面であることを。
初対面の人間の為に自分の命を犠牲にするという発想は理解ができない。その思考の隙を突く。
「…………なんで?」
「なんでとは?」
最善の手の筈なのに、何故疑問を思い浮かべられるのかがわからない。
お前はただ頷けばいいだけなのに。
……あ、なるほど。
そういうことか。
「悪い、そうか。俺が自殺した方がいいか。やっぱり自殺するか」
「そうじゃない!」
また声を張り上げた。
さて、もう少し会議時間も終わりだ。俺の寿命というのが正しいのかもしれないが。
「なんでそこまでしてあたしを助けようとするの。あたしとあなたは初対面よね」
「初対面だな」
そんなくだらないこと、そう言いかけてしまった。
「ゲームじゃないのよ。死んじゃうんだよ? …………もしかして」
「もしかして?」
何を言いたいのかがわからない。
飛谷は数秒言おうか言うまいか迷っていたが、時間が迫ってきているからか俺が視線を外せない距離まで近づいて言い切る。
「あたしに惚れてるとかないわよね。好きな女のためみたいな」
「鏡を見てから言え……と言いたいところだがお前は美人だからそういう権利はあるのか。じゃあそれでいいや、お前が好きだ。だから今日は俺を殺せ、オーケー?」
理由を説明するのが面倒くさかった。
仮に時間があっても、理解されるとは思えなかった。
拉致されて連れてこられた飛谷、そして自ら参加を希望した俺。
始めからスタートラインが違うわけだ。
俺が適当にそう言うと、飛谷は美人が台無しになるくらい顔を歪めて俺を睨んだ。
「ふざけないで」
「ふざけてないそれが」
「それが最善の手かもしれないけど、あたしはそれを許さない」
一度放した手をまた襟元に伸ばしてきたため、俺はその手を掴む。
俺の方が身長的には小柄だが、それでも男女の筋力差でびくともさせない。
「何故だ? これが『お前が生き残るための最善の手』のはずだが」
全力で俺の掴んでいる手を振りほどこうとしたため、俺はすぐに力を抜いて解放してやる。暴れるように腕に力をかけていた飛谷は無様に後ろに転ぶ。
スカートが捲れたが、それを気にする様子もなく地面に尻餅をついた状態でもまだ睨みつけてくる。
「理解できない」
「別にされようとも思ってない」
「……今日あなたが自ら死ぬなら明日の昼に自分から死んでやる」
……なんで?
俺は飛谷が理解できなかった。
俺は飛谷を生き残るために全力で手伝ってやっているはずなのに、何故飛谷は断ろうとしてくるのか。
天才なのにもかかわらず、損得勘定もわからないのか?
自分の命とどうでもいい他人の命、どちらが大切かなんて輪亜小学生でもわかるだろうに。
「お願いだから会話をして」
「…………もう時間がないが、そしたら今日誰を襲撃する?」
「騎士を殺す。あなたがやらないならあたしが殺す」
それでは俺の目論見が外れるかもしれない。
飛谷が生き残る可能性がかなり下がる。恐らく二回に一回は死ぬかもしれない。
わざわざなぜそんな自らを不利にするような選択肢を取るのか。よくわからない。
「今、あたしのことよくわからないって思ったでしょ」
「ああ」
「それがね、あたしがさっきあなたに思ったこと。文句ある?」
選択肢はもうないか。
俺は飛谷から拳銃を奪い取って、扉に向かう。殺すなら俺がやる。
「俺がやる。お前はさっさと部屋に戻れ」
「……自殺しないでよ」
「自殺したらお前も死ぬんだろ。俺は無駄死にだけはしない」
俺の目的は飛谷を生き残らせること。
それが成り立たないのであれば俺も自殺はできない。
廊下に出ると、俺は飛谷が先に部屋を戻るのを見てから廊下を進む。
向かうのは騎士の部屋。
「……なるほどね、てめぇが人狼だったわけか。絵梨ちゃんを殺そうとしたのはお前の趣味か、ああ!?」
途中で気が付いたのだろう。自分が狙われることに。
残念ながら俺はそんな凡人の発想はしていなかったんだがな。
部屋の隅に、背後を壁にしながら騎士の男は後退りする。
逃げ場はない。ここからは殺し合いだ。残念ながら俺の手には拳銃があるわけだが。
「てめえみたいなガキが拳銃を撃ったところで当たるわけがねえだろ!」
サイレンサー付きで銃声はまず一発。
とびかかろうとした騎士は無様に俯せに倒れた。俺が膝を撃ち抜いた。
「あ、がぇ……い、てぇ」
「残念ながらガキでも拳銃くらい使えるんだがね」
そして二発。
利き腕と思われる右腕、右手に発砲する。
まあ普通の人間は拳銃を撃つことも撃たれることも想定していない。思ったよりも痛そうだな。
「因みに冥土の土産に面白いことを教えてやるよ」
痛みで動けない騎士の後頭部に銃口を当てて、俺はほくそ笑む。
「もう一人の人狼はもう死んでるんだよ」
誰かに聞かれてもいいように、冥土の土産に嘘の情報を教えてみる。
別に意味はない。もしも盗聴しているような連中がいれば騙せるかと思っただけだ。
そもそも冥土の土産自体意味がないのだから。
そして部屋には静寂が流れた。