第五話 迷惑な後輩④
「で、芝原ならどう答えるんだ?」
クラッカーを食べながら聞く。
「どうすかね……普通に賞金が欲しいんで。あー、でもどうだろ。賞金もらっても足りないかもしれないんで貯金っすかね?」
俺は訝し気に目の前の部下を見る。
俺達デスゲームに関わる社員には多額の給料が支払われている。理由もなく金払いがいいということではなく、それだけリスクを背負っているということだ。
個人的な認識として俺達は生涯デスゲームに参加しているようなものだ。ただし勝敗に関わらず定期的に賞金がもらえるような形だが。
「お前、年収四桁にいっているのにまだ金が欲しいのか?」
「そりゃ金があって困ることないじゃないっすか。それこそタカさんなんて五桁いってるって聞きますよ」
……俺の年収は流石にそこまでではない。五桁ってことは億だぞそれ。
それに、と芝原は呟いた。
珍しく顔には陰りがある。
「俺にはいつか近いうちに絶対に叶えたい夢があるんすよ」
「夢?」
俺はオウム返しに聞き返した。
芝原に何かそんな夢があると聞いたことはなかった。
……嘘だな。
いや、嘘というか、単純に俺が覚えていないだけだ。
よくよく考えたら芝原とそういう話をしたことがない気がする。大体俺とこいつの会話は一方的に、芝原がべらべらとどうでもいいことを話し続ける。それに対して俺が適当に相槌を打つだけだ。
学生の頃はまだ真面目に聞いているような風の相槌を打つという行為をしていたが、そんな時期はもうとっくに過ぎ去っている。
「え、まさかタカさん覚えていないんすか!?」
「覚えている覚えていないの問題ではなく知らん」
自分の記憶力はこの際棚に置いて、まるで芝原から言われていないような体を装う。
「いつか、俺は会社を興したいんすよ。そしてタカさんを引き抜いて一緒に働きたいんすよ」
……あー、そんなどうでもいい話を聞いたこともないこともないこともないかもしれない。恐らく飲み会の席で酒豪のように飲みまくるこいつが俺に絡んだ時に言ったのだろう。
何故俺を巻き込む気なのかはわからないが、何も言わないことにする。
そもそもこのデスゲームを運営する会社から抜けられるのか疑問である。
「で、やっぱ会社を立ち上げるならお金が必要じゃないっすか! それにタカさんの給料は馬鹿高そうっすし」
「まあ頑張れ。確かにそれで企画運営部門に行きたいというのも納得だな」
企画運営部門は企画が通ってから終わるまでずっと最前線で動き続けるため、給料が他の部門よりも高い。
それでも人事部門やスカウト部門は普通の会社員の数倍の給料だ。
「例えば、そういった話をスポンサーに伝えるわけだ。もしも彼らの受けが良ければ追加で賞金をもらえる可能性もあるし、参加者が死んだ場合に遺族に賞金の一部が譲渡されることもある」
スポンサーたちは金が無駄に余っているだけの血も涙もない連中ではない。
ショーに満足するのであれば追加で金を払うことは少なくなく、それによって救われる人間も増えるわけだ。
俺の部門の中ではその要素は不要だという者もいるが、残される者に憂いがあるせいでデスゲームに集中できないことが困るだけだ。スポーツ選手のように全力でパフォーマンスをしてほしい。そのためにサポートするのがこの面談なわけだ。
「因みにタカさんだったらなんて答えるんすか?」
「…………」
考えたこともなかった。命を賭けてまでして賞金を得ることは想定などしなかった。
控えめに言って、俺は想像力に乏しい。
「…………貯金だな」
「そしたら俺と一緒じゃないっすか!」
嬉しそうに言うな。
俺はグラスを傾けながら、どう反論しようか考えた。だがそのすべてが無駄に感じて話題を変えることにした。
「因みにこんな質問まである」
「なんすかこれ、デスゲームへの意見要望っすか?」
別に俺の面談にはマニュアルがないから、質問が固定されるわけではない。ただ、この質問を投げかけることが多い。
「意外と参加者から今後のデスゲームに関する有益な意見をもらえることがあるからな」
よりよいルール、主にスポンサーが喜びそうなルールであればそれを採用するに越したことはない。勿論、第七回は既にルールが決まっているため、次回以降だが。
参加者管理部門のチーフとはその辺り話が合わないが、俺はデスゲームの生き残りをリピーターとして参加させるのはありだと思っている。
生存したため優位になる情報を持っているため、そのアドバンテージをどう活かせるかというのもデスゲームの醍醐味ではないだろうか。
「で、誰から行く予定なんすか?」
「北海道からだな。大したルールではないが、個人的には会社のある東京から遠い順に向かうようにしている」
デスゲームの開催が大詰めになってきた時に遠くへ出張するのには抵抗があるからだ。
そして正確な数値は知らないが、北海道と福岡ではあまり距離が変わらない。それなら冬になって雪が積もる前に北国である北海道を終わらせておくべきだ。
正直誰から行ったところで殆ど差異はない。
「奈緒美へのお土産、何がいいと思うっすか?」
「……自分で考えろ」