第四十三話 面談終了⑥
「よく来たな、あがれあがれ」
「……おはようございます」
こんばんはを言うには少し微妙な時間になっていた。
鴇田はかなり飲んでいたのか、赤ら顔にはなっている。
「娘たちは寝てんだ。静かにな」
「……正直一度全力で怒られた方がいいと思いますよ。特に奥様から」
鴇田の家はかなり広い一軒家だが深夜なせいで廊下は暗い。
赤ら顔ながらも足取りはしっかりしており、抜き足差し足で進んでいる。
「で、こんな深夜に呼び出したわけですが」
通された部屋は明らかに防音性の高い部屋となっており、バーを模したような装飾がされており店でも開けそうな雰囲気だった。
「ほら、まずはこれでも飲めよ」
俺の用のグラスは既に置かれており、そこには明らかに度が強い酒が注がれている。
仕方ない。
「やっぱ酒は一人で飲むもんじゃねえな」
「……俺は一人で飲まないのでわかりませんがね」
「芝原はお前に迷惑かけてねえか?」
「なるほど、そういう話ですか」
直属の上司としてはその辺り気になるところなのだろうか。
鴇田の方を見つつ、どう返そうか考える。俺がもしも同じような立場だったとしたらどう答えてほしいか。
酒が入ろうと頭は十分に回る。
「全然邪魔はしてないですよ。いつもみたいに喧しくないですし」
「そうか、それならいいんだが」
心配しているような表情で、鴇田は注がれている酒を一気に飲み干す。
叩きつけるようにグラスをテーブルに置き、大きな音を立てるがここは防音性が十分にあるため問題なさそうだ。
「寧ろ芝原がいなくなってそちらの仕事の負担が増えていないか心配ですよ」
「こっちは単純な肉体労働が多いからな、人数がいるし替えはきくさ」
しっかり芝原がいなくなっても回るようにシフトを組んでいるのだろう。
俺は素直に鴇田に頭を下げる。実際に多少は迷惑をかけているのだから。
「個人的には鴇田さんの下で働かせてもらってたので安心でした」
「……ああ、お前が俺の元に推薦したんだったか」
そう、俺が推薦して鴇田のところに送った。
そもそも芝原は俺がいることについて始めの研修の時点で周囲に言っていたようだった。だからこそ研修終了時点の希望調査でも俺がいる企画運営部門への配属を希望していたし、そのことについて人事部門から確認の問い合わせも来ていた。
「お前んとこで面倒見てやれば良かったじゃねえか」
「どうですかね、適材適所があって鴇田さんの所の方がいいかなって思っただけですよ。あの時のチーフの中ではまともでしたし」
芝原が来るときに俺は異例の速さでチーフに上がったタイミングだった。
というのも、単純に上のチーフが蒸発した影響だが。
俺がチーフの中では圧倒的に若かったし、上層部からは多少反感を買っているようだった。だからこそ、俺の後輩である芝原を自分の部門に置くことは利がなさすぎる。
実際の所、仮に上層部の反感がなくとも俺は芝原を引き入れるつもりはなかったわけだが。
「あー、まあその否定はしねえがな。今はだいぶ刷新されたよな」
「粛清という言葉が正しいと思いますが」
「……やった張本人が言うのか」
じろりと睨みつけられるが、俺はそんな粛清をできるほど権限を持たされていない。
流石に肩をすくめておくが鴇田にはお見通しのようだった。
「別に何かしたわけではないですよ。雨田社長が俺のことを買ってくれただけで」
俺の実力と、俺と敵対するチーフ陣のどちらを優先するかという話のだけだ。
その点、雨田は見る目が合ったということだろうか。まだ二十代半ばの人間に全ての社運を賭けたのだから。
「俺からしたら鬱陶しい奴らが減って嬉しいくらいだがな。ただいつ俺も粛清されるかこええよな」
本気で言っていないことくらいわかる。
最早グラスで飲むのが面倒になったのか、ボトルに直接口をつけて飲み始める。
「ご冗談を」
「冗談に感じねえのがお前の怖いところだよな。その点飛谷も同じもんだが」
「…………」
「まあ詳細を聞こうとは思ってねえんだが」
急に真面目な表情になり、ボトルを飲み干してから俺の方を睨んだ。
鋭い眼光が真っすぐ俺の方を向いており、散々酒を飲んだ親父には思えない迫力だった。
「俺が本格的にデスゲームで運び屋をするようになってから十年くらいなんだが、今までのデスゲームの記録を殆ど確認した」
その前鴇田は建設関連の仕事をしていたため、会場の建設を主にしていた。
俺は表情を全く変えずに、部屋に置いてあるワインセラーを勝手に開けることにする。
文句はないため年代物のワインを持ってくる。
「…………」
「殆どっつか、一回だけ。唯一記録が破棄されていたものを見つけたわけよ」
「…………」
俺はなるべく邪魔しないで、鴇田が話しやすいように間を作ってやる。
鴇田も何の確証もなく俺に無駄なことを言ってくるとは思っていない。
緊迫したような雰囲気があたりに流れ、俺たちは完全ににらみ合っている。
「お前、もしかして」
「あなた、まだ起きて」
……鴇田の妻が扉を開けた。
そして俺を見て明らかに驚いたような表情をしていた。
当たり前だ。眠る前の時点ではいたのに、夜勝手に自分の夫が男を招いているのだから。
「それでは俺は帰りますよ、鴇田チーフ」
「待て、まだ話は」
俺は鴇田の妻に一瞬視線を向ける。
そもそも鴇田が家族にどれくらい説明しているのかわからない。
「また後日、お話は聞きますよ。申し訳ありません、夜分にお邪魔しました」
俺は茫然としている鴇田妻に深々と頭を下げて、脇を抜けて家を出た。