第四十一話 面談終了④
「…………健気ね。復讐にそもそも健気なんて要素はないはずだがな」
それに
「あの女、そんなまとも人間じゃないぞ」
「どういうことっすか?」
芝原は俺の向かいに座る。
説明をしないと家には帰れないようだった。既に時計の針は二時を回っている。
「花坂の話、どこまで本当だと思う?」
「え、どういうことっすか」
「……少しは考えてから話せよ」
オウム返しばかりは話の広げ方にしてはつまらん。
腕組みをしながらソファの背もたれに体重を預ける。
「え、まさか復讐って嘘なんすか?」
「いや、そこは正しいはずだな。ただ」
俺はカバンから紙束を取り出して、芝原に向かって放り投げる。
空中でキャッチしてから表情を変えるまでにそこまで時間はかからなかった。
「冷静に考えてみろよ。そもそもクラスメイトから虐められている状態でどうして親友である花坂が気付かなかったという話なわけだ。そこまで節穴だということがあるかどうか」
その事実について流石に花坂自身が疑問に持たないことがおかしい。
であればどういうことなのか。
俺は裏で花坂たちが通う高校で情報を集めていた。
というのも、飛谷が何故ここまで興味を持っていたかということだ。
「…………なんでこれを先に渡してくれなかったんすか」
「そっちのほうが二度おいしいだろ?」
まずは花坂からの主観的な話。
そして事実との擦り合わせ。
「まさか花坂美琴自身が虐めているとは思うまい」
「……い、いや、流石にやべえっすよ」
「まあ花坂自身が自覚しているのかはわからないけどな」
芝原は信じられないというような表情で俺の顔を覗き込んできた。
恐らくこいつの高校生活は楽しいもので全く想像すらできていないようだ。
「犯人なんて元からいねえんだよ」
「…………」
狂ってる、口には出していなかったがそう口が動いたように見えた。
「洗脳に近いんだよな。周りから切り離したうえで自分だけが近くにいるということを示す。クラスメイトから虐められているという事実はあるにも関わらず、その犯人はいない。相当疑心暗鬼になるよな、普通」
絶対に表に出ないように隠れて虐め、それをまるで諫める側のように助ける。絶対に自分が味方であるように振舞っているからこそできる裏切り。
そもそも裏切っているという認識すらないのだろう。
自分だけが理解者、自分だけが味方だという思い。
「そ、え、じゃ、じゃあ復讐なんて」
「そう、復讐という言葉がそもそもおかしい」
もしかしたら実際に虐められていたのかもしれない。ただ、事実としては圧倒的に花坂自身による虐めが大きな部分でありそれが自殺に繋がっているだろう。
そして自殺する最期まで清川は疑っておらず、自分と相性の悪そうなクラスメイトの名前を挙げただけ。
「に、二重人格みたいっすよ、それ」
「まあ人間なんてそんなもんだろ。例えばお前は俺を慕っているそうだな」
素直に頷く芝原。
「だが、俺が何か理不尽なことをすれば芝原は飲み会の席で俺の悪口を言うわけだ」
「でもそれくらいっすよ?」
それくらいは誰にでもある。
その人を好きだとしても、嫌いな部分というのは絶対に存在する。
「それが乖離しすぎた結果、二重人格みたいになっているのかもな。正直俺は医者でもないしそういう専門知識もないから適当にわかったつもりをするだけだ」
何が真実かというならば、花坂美琴の親友である清川恵が自殺した。その自殺の原因は花坂美琴による虐めだったが、清川恵は最期まで自分の親友を信じて他のクラスメイトのせいにした。そしてその遺書を信じて花坂美琴は復讐を誓う。
狂気の連鎖だ。
「……いや、でもまあヤバいっすけどね」
「それは認める」
個人的な感想を言われてもらうとすれば、それを見つけ出す飛谷の嗅覚が恐ろしい。これだけ壊れかけているならば確かに高校生だろうとこのデスゲームに参加させたくなる気持ちも分かった。
日本にどれくらいの人間が復讐を目論んでいるのかわからないが。
俺は心の内で笑いが込み上げていた。
あんな壊れかけの人形がデスゲームに参加する姿が想像できたから。
俺だって人の子だ。
とてつもないプレイヤーが現れれば楽しみにするし、スーパープレイを期待してしまうものだ。
ただ、対人関係や社会性で言えばまともな部類ではある。
「そういえば一個気になったんすけどいいっすか?」
「どうぞ」