第三十四話 狂人の集い⑥
「え、俺と飲んでくれないのに飛谷チーフとは飲むんすか!?」
「別に何か問題でも?」
「え、俺とは飲んでくれないのに!?」
素っ頓狂な声を上げる。
俺からしたらまったくもってその理論は理解できないが、芝原なりになにか考えがあるようだ。
「え、俺とタカさんってもう十年くらいの付き合いじゃないっすか!」
「その年数によって俺が飲むかどうか決めているわけではないぞ。それに」
こいつは事実として知らなかったのだろう。
別の理由を考えてもいいが、折角だから芝原理論に乗ってやることにする。
「お前よりも飛谷の方が付き合い長いからな」
「…………え、マジすか」
「マジだよ。あいつとは十二年くらいの付き合いだ」
俺が高校生の時に天才的な狂人、飛谷絵梨と知り合っているわけだ。
「というかお前テレビで見たことなかったのか?」
「え、何がすか?」
飛谷絵梨は元々テレビにも出ていた高校生モデルだ。
見栄えという意味では日本で上にいくらかはいるのだろうが、あの美貌を持ちながら天才的な知識量、記憶力は類稀なる天は二物を与えていた。
テレビ受けしやすいためクイズ番組やバラエティ番組などで引っ張りだこだった。
とはいえ、高校卒業段階では最早ただの一般人に戻っていたみたいだ。
「え、もしかしてタカさんって飛谷チーフのファンだったとか?」
「そんなわけあるか。だが、流石に同年代でとんでもないやつがいることくらいは知っていた」
「でも、それとタカさんと飛谷チーフが知り合った理由にはならないっすけど」
流石に鋭い。
だが、別に関わり合いについて俺がこいつに教えないといけないルールはない。
「まあとはいえ大学時代はそこまで接していなかったが、働いて久し振りって感じか」
「そんなの運命じゃないっすか!」
「……運命があるなら俺らの仕事は成り立たないからな」
それにお前はそんなロマンチストでもないだろう。
芝原は興奮したようにそう言ってくる。
「まあそこからなんやかんやあってお前よりも付き合いが長いというわけだ」
「それは知らなかったっす。だからあんなに仲がいいんすね」
……仲がいい?
きょとんとしていたのかもしれない。思いがけない表情だったようだが。
「因みに前に話したか忘れたっすけど、飛谷チーフがタカさんにぞっこんだっていうのが七不思議の一つっすよ」
「それは初耳だ。まあ七不思議ということで本当のことではないわけで」
会社に着いた俺は、追い払うように手をひらひらと振る。
それ以上無駄な話し合いをする必要はない。
芝原はもっと話を聞きたそうな表情だったが、流石は社会人。その辺り弁えているため素直に立ち去るのだった。
まったく、余計な事情で疲れた。
これだから飛谷と関わりたくないものだ。
俺はチーフ専用のブースに引っ込み、仕事の準備をしつつ飛谷との出会いを密かに思い出していた。
……あの頃の俺は若かった。
まだ飛谷の異常性について気が付いていなかったわけだしな。
ふと携帯を見ると、その飛谷から構ってほしいような連絡が来ている。
仕事をしろと言いたいところだが、恐らく空港で待っているのだろう。
『え、電話してくれるの!?』
「……たまの暇潰しだ」
コールすること一回。飛谷がすぐに電話に出る。
気持ち悪いスピードだったが、そこについては何も言わないでおく。
『ふぅん? まだ仕事始まってすぐだと思うけど?』
俺の心を見透かしたような笑い声。
少しムッとするが溜息で誤魔化しておく。この女と関わるだけで疲れる。
『そろそろあたしが前言ってた子の面談?』
「そうだな。少し楽しみだ」
『面白い子だから早く一緒に働きたいわね』
「……そもそも生存すればな」
仮に生き残ればスカウトしたいところだが、飛谷のいうヤバさをまだ知らない時点であまり細かいことは言えない。
そして十人いたとしてもゲームが終われば多くても四人前後しか生存しない。
数値にしてしまえば四割程度だが、命を賭けている参加者からしたら心許ない数値だろう。
『生存するわよ。あたしの直感だけど』
「じゃああの植村については?」
『え、生き残ると思ってる?』
さも当然のようにそう言ってくる。電話越しで表情が見えなくても、俺のことをせせら笑っているようだった。
「思わんが、生き残ったら厄介だろうな」
頭脳面で言えば確かに折り紙付きだ。ただ、魔の初日が生き残れるか。
他にもっとヘイトを買いそうな人間がいれば変わるのだろう。
ただ、そもそもそうやって飛谷が想定している時点でいないのだろうが。
『それもそうねぇ。ま、流石にゲームが開始したらあたしたちも介入できないわけだし楽しみながら待ちましょ』
それもそうか。
それから飛行機が来るまでの時間、飛谷の雑談に付き合わされた。




