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第三十三話 狂人の集い⑤


「高時、おはよ」


 朝起きると、飛谷はぶかぶかのTシャツを着た状態で顔を覗き込んでいた。

 そもそも俺の体格があまり変わらない飛谷だが、明らかに胸元のサイズが合っていない。


「…………今、何時だ?」


「まだ五時くらい」



 ……流石に早い。

 そして飛谷は先にシャワーを浴びて着替えていたようだった。


「もう家を出るのか?」


「ううん、別に。今日は一緒に出勤しようかなって。朝ごはんも出来てるよ」


 ……なるほど。それで何かいい匂いがするのか。

 大きく伸びをして、俺もシャワーを浴びることにする。


「着替え置いておこうか?」


「……お前は俺の母親かよ」


「せめて恋人にしてほしいなぁ」


 はいはい、と雑に聞き流す。

 温かい水を浴びることは昨日の酒を抜くには十分だった。

 別に俺は飛谷程酒に強いわけではないため、多少は残ってしまっている。ただし、それによって二日酔いになるというわけでもない。


 今に戻ると飛谷は先にテーブルについて俺を待っている。



「化粧はしなくていいのか?」


「高時はあたしのすっぴん知ってるでしょ。今は高時と一緒にいたいの」


 ……まあいいが。

 すっぴんでも十分に美人なのは確かだ。


「お前はたまにしか来ないのに、俺の家に物を置き過ぎだろ」


「女は荷物が多いものだから」


 そういう問題ではない気がするのだが。

 飛谷は嫌にご機嫌に朝ごはんを作ってくれている分には文句を言わないでおく。





「タカさん、お……おはようございます」


「芝原か、通勤途中で会うのは珍しいな」


 俺の左手には飛谷がいる状態。

 恐らくそこで飛谷に気が付いて一瞬停止したようだった。


「あら、あなたが高時の後輩?」


「……飛谷チーフ、おはようございます」


 俺を境にして芝原は俺の右手につく。

 明らかに飛谷を警戒しているようだった。


 流石に面識がなくても、この見た目は目立ち過ぎる。


 そもそもこの通勤時間で人が多い状態で飛谷がいるのは違和感があるのだろう。徒歩で通える距離ではあるものの、タクシーで来るべきだっただろうか。



「あの、なんで飛谷チーフがタカさんと一緒に?」


「うふふ、男女が朝から二人で通勤で前日にやることなんて一つしかないでしょ?」


「え、まさか!?」


 うるさい。

 というか恐らく殆どこいつは誤解をしているんだろうが、それを訂正する前に飛谷がジャブを繰り出していく。


「飛谷、これ以上どうでもいいことを言うのなら黙らせるぞ」


「え、人前なのに大胆ね」


 いや、なにをすると思っているんだ。

 こいつ、俺と二人でいる分にはもっと冷静なのに人前だと思うと増長しやがって。


 俺は右手を飛谷の首元に伸ばす。

 その動きを見て、ぱっと左腕に組み付いている狂人は距離を取る。


 やはりこれが一番効果的なようだ。



「あれ、タカさん。信号が青ですけど渡らないんですか?」


「いや、別にまだ真っすぐでも問題ないだろ」


 飛谷は俺の追撃がないのを悟ったのか、また組み付いてくる。

 周囲の会社員たちからの羨望、嫉妬の眼差しを浴びるが、恐らくそれよりも違和感の方が大きく傾いているようだ。


 黒髪黒目の地味なスーツ男に腕を組んでいる異常な薄着の絶世の美女。そしてその横で子犬のように威嚇する金髪スーツ侍。

 ……無駄に注目を浴びたくないものだが。


「高時ったら、あたしが左側にいるから渡らないなんてやーさーしーいー」


「…………」


 無性に腹が立つが、事実なので何も言えない。

 一応飛谷が何をとち狂って道路側に飛び出す可能性があるため危ないという理由だからだが。


 その言葉を聞いて芝原は驚愕に顔を歪め、俺の顔を穴が開く程見てくる。

 恐らく俺がそんなことするわけがない、そんな雰囲気か。



「あ、電話。高時、あたしのカバンあけて」


 そもそもお前は俺に荷物を持たせんな。

 飛谷のカバンからは小さくバイブの音が聞こえる。話している状態では俺は全然気が付かなかったが、狂人飛谷には聞こえていた。



「えー、彼氏と通勤中だったんだけどぉ、え、なにそれ。そんな急なの?」


 二言三言会話して朝からのご機嫌から一転、口をへの字に歪めながら電話を切った。

 明らかに何か機嫌を損ねる要件なのだろうが、これから級の仕事なのだろう。


「彼氏じゃないとして、これから仕事か?」


「ほんと空気読めないのよね。まったく、そこにいる高時の後輩もそうだけど」


 機嫌悪くなったからってすぐに人に嫌味を言うな、全く。

 芝原は飛谷と敵対する様に睨み返している。因みに未だに俺を挟んでの攻防だ。


「じゃあね」


 俺の頬に軽くキスしてはにかみながら小走りで傍にいたタクシーに乗り込んだ。

 周りの外野どもががやがやと騒めく中、俺は深々と溜息をついた。



「ちょ、え……これでも付き合ってないんですか?」


 半ばあきれるように……いや本気で呆れているようだ。

 俺からしたらもうあの狂人の行動を理解などできないのだから対処できるわけがない。


「というかタカさん、昨日飲んでたんすか!?」


「ん? まあな。飛谷が五月蠅いから」


 飛谷がいなくなったことで俺たちは対岸の道路に渡る。

 芝原は驚いた顔をしながら、また俺の目をじっと見てくる。こいつはすぐに顔を覗き込む癖があるようだな。


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