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第三十二話 狂人の集い④


「で、今日は何の用だよ。わざわざ飲みに家に来たいだなんて」


「えー、理由がないとだめなの?」


 ダメだと言いたかった。

 だがそもそも了承している時点で俺が何を言おうと無駄だろう。



「高時の家は久し振りね。あたし以外に他の女を連れ込むの?」


「俺の家に乗り込もうとする変人はお前くらいだ」


 あと芝原。

 飛谷と芝原はあまり関係性がないため仕方ない。


 飛谷は居間で寛いでいる。

 いつも通りのキャミソール姿だが、今日は珍しくスカートをはいているこいつは足を組みながらひらひらと手を振っている。


「何を飲む?」


「高時とおんなじの」


 ……とりあえず俺が好きな酒を持っていく。

 二つのグラスに注ぎ、飛谷に片方を渡す。


「乾杯」


 俺たちは軽い音とともにグラスを合わせ、一口流し込む。


「美味しいわね、これ。高いの?」


「別にそうでもないな」


 ボトルを見せるが興味なさげに飛谷は反応する。じゃあ聞くなと一瞬思うが、それを言うほどのものでもない。

 暑いと言いながら、わざわざ上着を脱いで俺に投げ渡してくる。


 たまにはのんびり酒でも飲みたいのに仕方あるまい。俺は諦めて飛谷のカーディガンを畳むことにした。



「高時、隣座りたぁい」


「……勝手にしろ」


 べったり俺の隣に腕を絡みつく飛谷。

 胸を押し当ててくるな、鬱陶しい。


「あたし、横領事件について調べてみたよ」


「…………」


 こいつ、それを言うためにわざわざ飲みに誘ったのかよ。

 俺の明らかに嫌そうな顔を見たのか、慌てたように口をパクパクさせて目線を泳がせる。


「ご、ごめん」


「あのな、余計なことはするなって言わなかったか?」


 恐らく飛谷から見て俺はひどく冷めた表情をしているのだろう。怯えたように、でも俺との距離を変えずに困惑している。



「で、調べた結果どうだった?」


「聞いてくれるの?」


「今日はオフだからな。酒も入っているし記憶にも残らないだろうな」


 こいつがどこまで知っているのか少し興味がある。

 飛谷は何をどう説明すれば俺の機嫌を損ねないか必死に考えているようだ。


 綺麗な瞳がまっすぐ俺の方を向いている。

 そしてグラスが空になっていることに気が付き、組まれていない方の右手で酒を注ぐ。



「ここ数年の話みたいね、横領されてるの。しかも本部で、随分とまあ豪胆なことよね」


「…………」


 俺が黙ったのを見て、少し安心したようにグラスを揺らす飛谷。


「部門まではわからなかったけど、流石のあたしや高時の部門じゃないのは確か。それにあの白鳥のおばさまがいる技術部門もなさそうよね」


「……どうしてそう思う?」


「え、だってあそこにお金が欲しい人なんていないでしょ。何か物を作ることに命を賭けてる人が」


 一理しかない。

 技術開発部門は圧倒的に変人の集まりだ。俺や飛谷と負けず劣らずの変人が。



「白鳥のおばさま、ねぇ」


 飛谷と白鳥は犬猿の仲だ。

 特に飛谷が嫌っている。最低限の仕事でしか関わろうとしない。


「クラッカーでも持ってくるか、流石に酒のみじゃな」


 名残惜しそうに俺の腕を放し、冷蔵庫からつまみになりそうなものを探す。

 探していると後ろから飛谷が抱き着いてくる。重い。


「飛谷、邪魔。首根っこ掴むぞ」


「それは嫌」


 パッと離れる。



「たまにはさぁ、あたしにも構ってくれてもいいんじゃないのぉ?」


「構ってんだろ。それに仕事で忙しいからこれ以上お前に構う気にならん」


 ゆらゆらと揺れながら飛谷はソファに戻る。

 こいつを甘やかすと増長しかねない。いや、既に増長している。



「せめてデスゲームが終わってからにしろ」


「はぁい」


「で、他に何か情報はないのか?」


 席について話の続きをする。

 飛谷はまた定位置に戻って、今度は俺の方に酒を注いでくれる。


 タイトスカートから覗く艶めかしい足を見せつけるように足を組んでいる。

 細い肩紐で支えているキャミソールのせいで上半身は胸元以下しか肌を隠していない。



「被害額って一億くらいみたいね」


「……それは初耳だな」


 嘘だと知っているような反応を飛谷はする。

 戦友であるこいつは俺の嘘をある程度わかるみたいだな。


 俺は無意識的に顎から首元を擦りながら、欠伸をする。

 既にダラダラしていたら日付を超えるような時間だった。別に朝が特別早いわけでもないが、飛谷は忙しいのだろう。



「高時、眠くなってきた?」


「ああ、飛谷は?」


「あたしはまだかなぁ」


 仕方あるまい。

 こいつがまだ眠くないのなら飲みに付き合ってやるよ。


「そういうとこ好きよ、高時」


「そうかい。どうも」


 ぷくっと頬を膨らませる飛谷を不覚にも少し可愛いと思ってしまった。はぁ、俺も随分とまあ疲れているし眠いのだろう。

 そういう幻覚を見せられているのだから。


「眠くなったらすぐに言ってね。いっつも迷惑かけてばっかりだから」







「…………お前がまともなことを言うな。お前は狂人でいてくれればいいんだよ」


 俺の同僚でいるならまともである必要はない。

 こうして二人の晩酌は続く。



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