第三話 迷惑な後輩②
俺と芝原は人狼ゲームサークルの先輩後輩だった。
でなければこんな快活でアクティブな人間と、物静かで一匹狼の俺が知り合う機会はない。
芝原は大学生になるまで人狼というゲームを知らなかったわけだが、それを誘ったのはほかでもない俺だ。
別に何か特別な理由があったわけではない。単純に適当にサークルの新入生歓迎会で隣の席にいたこいつに適当に声をかけただけだ。今にして思えば、これが最大の過ちだと確信できる。
俺には理解不能だが、何故かその日の内に人狼サークルに加入し、更に今の今までずっと俺を慕って付きまとってくる。学生時代からもつるむ仲間はもっと他にいるはずなのに、一匹狼の俺の家にわざわざ飲みに来ていた。
それが就職しても変わらないというのはある意味異常な光景だと思える。
「これ、奈緒美からなんで盛大に飲んじゃいましょ!」
リビングでスーツの上着を脱ぎ、まるで自宅のように勝手に食器棚からワイングラスを二つ持ってくる。親しき中にも礼儀ありという言葉を叩きこんでやりたくなるが、ぐっと我慢する。
手に持っていたカバンを一先ず金庫にしまい、上着を丁寧にハンガーにかけてから奴に向き直る。
「今回は何の用だ?」
何かと理由をつけて遊びに来るこいつだが、夜遅くに来ることは多くない。
俺の問いかけを無視して芝原は自分のグラスに波々とワインを注ぎ、俺の用のグラスを俺に向かって放り投げる。
そのグラス、一つ何十万すると思っているんだ。
この馬鹿にそれを質問する気にはならず、冷蔵庫からミネラルウォーターを入れる。
「たまには飲めばいいじゃないっすか。可愛い後輩が飲むんですから」
「接待とデスゲームの打ち上げ以外では飲まないと決めている。それに俺は同性に興味はない」
本当に信頼している、謂わば戦友と飲むこともあるが、それは決して芝原ではない。
そして今更ながら気が付くが、お前の彼女も俺と面識があるのに何で酒を持ってきた。まあいいか。わざわざ高そうなワインを箱入りで持たせてきただけ、俺に気を遣ってくれているということだ。
「そもそもタカさんは人間に興味ないじゃないっすか」
それについては否定をしない。
先程の質問をスルーされたが、俺は再度聞き直す。
芝原はすぐには答えず、ワインを一気飲みした後に冷蔵庫からチーズやクラッカーなどつまみになりそうなものを勝手にテーブルに並べ始める。
因みにここは俺の家だ。
「今日、デスゲーム企画のプレゼンだったそうですね」
芝原は真面目な話題の時には、その体育会系のような語尾ではなくなる。
「で?」
必要以上に情報を出す必要などない。芝原からの発言を待つ。
またワインを注いだ芝原は、液面を揺らす勢いでテーブルに両手をつける。
「いつものお願いです!」
「……一応いつものように言っておくが、俺はお前を引き抜く権限もないし予定もない。諦めろ」
ソファに座っているものの、テーブルに両手をついて頭をつけるその様は土下座に近いだろう。
だが、俺は冷静に答える。
この男、芝原靖人は俺の部署である企画運営部門への異動を望んでいた。そもそも嘘か本当か、真か偽かは不明だが、小鳥遊高時がいるからという理由でこの会社に来たと公言している。
俺がデスゲームを企画、開催する度に毎度のように現れては毎度のようにお願いしてくる。そして今日もいつも通りに。
……まったく、学生時代適当に相手をしたやつからここまで好かれる理由もわけがわからない。
俺は一蹴してから一息ついてクラッカーを口に放り込む。
水分が吸われ口に乾燥が訪れ、俺はつい先程のプレゼンの時を思い出す。
口には出さないが、もしも俺が必要な人材だと言えば他部署だろうが異動は許可が下りるはずだ。俺にはそれだけの権限が与えられていることくらいは知っている。
会社の命運を握っている一人なのだから当たり前だが。
この会社ができてからまだ成人式は超えていないが、それでも十年以上存続している。その中で何人の人間が消えてきたか。権力とリスクは常に比例している。
「いつになったら俺、異動できるんですか!?」
知るか。
更にグラスを空にして溢れんばかりに注ぎ込む芝原を見る俺。
兼ねてから溜まっているものもあるだろうが、そもそも俺は別に人事部門の人間ではない。
「異動をしたかったら人事部門に言うか、鴇田に相談しろ。お前の直属の上司に相談しないで先に俺に言うな」
「えー、鴇田さんはいい人なんすけど、言っても無駄なんすよ!」
鴇田 啓二は機材物資運搬部門のチーフを務める男だ。入社年次や年齢などを一切無視すれば俺の同僚に当たる人物だが、俺とは一回り以上年齢が違う。
「お前がそう言うということは無駄なんだろうな、諦めろ」
こいつの人を見る目は、俺というただその一点を除けばかなり正しい。誰につけば自分が有利に立ち回れるか、損しないかということをよくわかっている。
ある意味、三十歳手前にして会社の運命を握るポジションで働く小鳥遊高時という存在を慕い続けるというのは見る目があるのかもしれないが。
その男が無駄だと言ったということは、鴇田は芝原を異動させるつもりはない。それが結論だ。
そこから数分押し問答を続け、いつもの芝原であれば時間の経過で折れるはずなのだが今日のやつは一味違うようだった。
食い下がり方が尋常ではない。異常と言ってもいい。
……血も涙もない冷酷だの冷徹だの言われている俺でも流石に気の毒になってきた。
やれやれ。
「俺に権限はないことを言っておくが」
「それでも、それでもタカさんから周りに言ってくれれば!」
「俺は公私混同をしない」
無表情で告げると、捨てられた子犬のように項垂れる芝原。
「……ま、最後のお願いだと思ってやる。今回だけだぞ」
一瞬、俺の発言の意味を汲み取れなかったのか、金髪は目を丸くした。
「来週から数ヶ月かけて参加者の面談を行う。それにお前も同行させる。その後は知らん。お前の頑張り次第でどうにかしろ」
このちょんまげに任せられる仕事は少ない。
というよりも俺だけが知っている情報が多すぎる。
重要な仕事を素人にやらせて何億飛ばすかもわからない以上、一番リスクは少なくリターンの大きい面談の付き添いは無難なところだろう。
「ありがとうございます! 流石はタカさん!」
……お前は知らないと思うが、俺はそう呼ばれることが嫌いだ。
リスペクトを出して呼び方を変えても罰は当たらないぞ、芝原。