第二十七話 植村拓也③
「頭がいいやつってあれなんすかね」
「何を言いたいのかわからんが、学力と人間性は反比例することが多い」
小学生から高校生までの間で対人コミュニケーションや社会性、人間性を学んでいく。その時期只管勉強し続けた彼はその能力が低い。
だが
「まあそれだけではないんだがな」
俺はもう一度彼の経歴を見せる。
芝原は気が付いていなかったのかもしれないが、そもそもこの家庭は壊れている。
「この植村拓也もある意味被害者に近い。ネグレクトされている」
「ネグレクト? こんな家なのに?」
芝原は目を開く。
「こんな家……別に医者の家だろうが弁護士の家だろうがどんな家でも有り得る話だ」
裕福な家だからこそネグレクトが行われないという道理はない。
「一見するとこの資料ではわかりにくいかもしれないが、基本的に社会に出る上で必要なことは何一つ教わっていないのだろう」
「よくわかるんすね、こんな資料で」
「これはただの情報量の差だからお前が悪いわけではない」
俺は一息ついて理由を説明する。
至極簡単な話だ。
この植村家にはもう一人子供がいる。植村拓也からしたら兄にあたる存在だ。
実際の話、いたというのが正確なところだ。
「植村拓也が生まれる前に死んでいる……んすか?」
「そうだ。少し年は離れているようだしな」
兄、拓雄はお世辞にも優秀と言える人間ではなかった。
小学生に入る辺りで死んでいるが、それまでの成長や発達としてもあまりいいものではなかったのだろう。
俺はその際のカルテを極秘で手に入れていたが、精神的な発達の遅れなどが指摘されていた。
「だが、その子供を大切に育てていた植村夫妻。死後生まれた子供が天才であったためにギャップから愛せなかったのだろう」
知能指数としては低いかもしれないが沢山の愛を注いで育てた長男。そして天才的で学力が高すぎる次男。
この植村拓也も被害者なのだ。
「ネグレクトと言ったが、育児は放棄しているわけではない。教育を放棄している」
この植村は愛を知らずに育った。
いや、恐らく本人はそもそも自分が親から愛されていないことにも気が付いていないのかもしれない。
それだけ歪んだ男なのだ、植村は。
「普通自分の子供が進路を決めるときに何も言わない親がいるか? 出席日数を金銭のやり取りで済ませて放置する親がいるか? 親の口座で株取引をしても見てみぬふりをする親がいるか? そういうことだ」
「……それって天才だからって話じゃないんすか?」
俺には子供がいないし、勿論芝原にもいない。
ただ、恐らく通常の感性が働く人間であればわかることだろう。
「お前は天才がスーパーマンか何かだと思ったのか? 天才というのは単純に学力が高い人間である存在でしかない」
「……そういうものなんすか?」
「口には出さなかったが、あの男は劣等感の塊を無意識的に抱えている」
自分に兄がいたという話は隠し通すことは基本的に難しい。写真を全て捨てられるわけもないし親戚関係などあるだろう。
だからこそ見えない兄との比較もあるだろう、能力的には圧倒的強者ではあるものの。
「だからこそ、地元の大学に進学した。自分の劣等感を隠し通すために」
恐らく東京のトップ大学にいったところでそこまで落ちぶれることはないのだろうが、上には上がいる事態は避けられない。
そうなれば自分の劣等感を思い出させられる。自分のプライドを築き続けた植村には耐えらないことだろう。だからこそ下を見続けられる地元に残った。
「才能があるのを認めるし、それによって何億という資金を稼いだのはわかる。だが、常に捻くれた考えで歪んでいる」
人狼ゲームにはまる要因もわかる気がする。
見えない相手に向かって言論で攻撃することができるゲーム。
そこでは自分はただの勝者として相手を攻撃することができる。
そこには自分が天才であることやデイトレーダーであること。自分が植村拓也である必要もない。
「人狼ゲームにおけるランキングというのは勝率や勝数で計算される。やればやるほど基本的にはランキングが上がる」
「努力でどうにでもなるってことっすか?」
「そうだな、負けても勝てばいい。その思想がそもそもの根底にある。負けなければ勝ちだと」
常にそうなのだろう。
勝つまで繰り返すのが常套手段なのだ。最終的に自分が勝てば勝ちという暴論。
天才と言いつつも、一発勝負には向かない思想。
負けても大丈夫、自分は安全地帯にいる状態で初めて安心して戦える。