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第十八話 天才の狂人①

「あの……チーフ」


 俺が木本の面談を行ってから半月が経ったある日、朝からずっと会議続きだった俺が部署のオフィスに顔を出せたのは昼休みのタイミングだった。


 今年入社したばかりの社員がおろおろとしながら俺の方に近づいてきた。

 何か困っているような表情で俺に声をかけてくる。

 基本的にそこまで関わっていない人間だが、チーフである俺は流石に誰か知っている。だからこそ疑問だが。


 不可解なのは周りの空気だ。

 誰もが我関せず、気にしないというような雰囲気を醸し出している。


「どうした、何かミスでもしたのか?」


「いえ、えっと」


 歯切れの悪い口調で目を泳がせている。

 ミスではないなら何なのか。腹が減っている俺は少しだけ苛立つ。


 感情の起伏が小さな俺でも苛立つことはある。



「とりあえず言いたいことがあればブースで聞く」


 俺はチーフ専用の部屋に向かおうとすると、更に慌てた様子でついてくる。


「あの、ふ」


「ふ?」


 個室の扉の前に立ちふさがるようにして男は行く手を塞ぐ。

 あまりにも不可解な行動に苛立ちを隠せない俺は、邪魔をするなというように押しのけて扉を無理やり開けた。



「不審者の女性がチーフの部屋に」


「おひさー」


「…………」


 とりあえず扉を閉める。

 なるほどね、なるほど。よくわかった。


 それでこいつはこんなに困惑していたのか、理解した。


「悪いな、お前の言いたいことはわかった。これを知らせてくれようとしていたんだな」


 ここ半年ほど、奴が襲来していなかったから、今年の新入社員は知らなかったのか。

 俺は深々と、周りにいる他の社員が気付く程の大きさでわざとらしくため息をついた。


 何故他の写真が言わなかったのか。



「すまんな、仕事に戻ってくれ」


 ぽんぽんと二度肩を叩き、彼を解放する。

 恐らく彼は後程他の社員からからかわれていたことに気が付くのだろう。あの狂人については黙っておかれたのだから。


 正直この扉を今から溶接して閉じ込められたどんなにいいだろうか。

 俺は数秒迷ったが、意を決して扉を開けた。



「飛谷、俺のデスクに足を乗せるな」


 ダークブラウンの長髪を頭の横に括り、会社であるにもかかわらず真っ赤なキャミソールに黒のスキニー。肩には薄いカーディガンを羽織らせているそいつは椅子の背もたれに体重を預けながらデスクに足を組んで乗せていた。

 ヒールの高いパンプスの底面を俺に向けてくる参加者管理部門チーフ飛谷(とびたに) 絵梨(えり)はご機嫌な様子で俺を待っていた。


「久し振り、朝から会議だなんて大変そうね、すごく疲れてそうだし! 折角だからあたしが癒してあげようか?」


 一見違和感を抱くほどの長い足を降ろし、立ち上がってつかつかとヒール音を鳴らしながら近づいてくる。

 パンプスがない状態でも俺よりも身長の高い飛谷は、靴の効果により更に俺を見下ろしてくる。


「とか言ってくっつこうとすんじゃねえ!」


 俺は抱きしめようと両手を広げて近づいてくるやつの両肩を全力で掴んで拒否する。

 誰もが認める美人だが、全ての行動に意味が伴わず狂人、変人、変態など称号をほしいままにする飛谷。


「えー、ちょっとくらいいいでしょぉ? 疲れてるんだしあたしの豊満なボディで癒されてもいいのよ?」


「てめえのせいで疲れてんだよ、察しろよ!」


 声を荒げて突き飛ばす。

 ヒールにも関わらずバランスを崩さなかった飛谷はへらへらと笑いながら俺に投げキスを飛ばしてくる。


「それは残念。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにねぇ」


 ……残念だとか言いながら近づいてくんじゃねえよ。

 あと恥ずかしがっていない。


 怒鳴りたくなる気持ちを全力で抑える。怒るという行為が如何にこいつを喜ばせるか知っているから、なるべく冷静に立ち回ることにする。


 飛谷は最後の俺の同僚だ。

 鴇田と同じチーフという立場の同僚ではなく、同期入社だ。そして一緒のチーフなわけだが。


 元々俺たち以外にはもっと同期がいたが、結局残ったのは二人の狂人。

 まともな人間はこの会社では生き残れないのだろう。


「少しは離れろ。で、何の用だよ、突然押しかけやがって」


「えー、久し振りに本社に戻ってきてただけ。愛しの高時に会いに行くのに用が必要なの?」



 何が愛しだ。

 俺を苛立たせるだけためのワードを散りばめやがって。


 ここまで俺の感情を揺さぶらせるのはお前くらいだよ、飛谷。勿論褒めていないが。

 そして近くにある椅子に座るように命令する。


「あ、そうそう。あたしお腹減ったからご飯食べにいかない?」


「…………はぁ」


 聞こえるようにわざとらしくため息をつく。こいつのことだ。俺が何を言っても無視して食べに行くことになるんだろう。

 俺の嫌がることに関してはプロ級のプロだ。ここで拒否するとよりひどい目に遭うことしか想像できない。


「場所はお前が決めろ」


「さっすが高時、話が早いねぇ。このこのぇ」


俺の頬をつつかんとする人差し指を掴み、一瞬骨を折ってやろうか逡巡した。

 だが恐らくこいつは指を折っても笑っているのを知っているのでぱっと放す。



「悪い、この馬鹿と外で食べてくるから俺が必要なら電話してくれ。いや、用がなくても電話してくれ、頼むからすぐに電話する様に」


 近くにいる社員にそう言うと、周りにいた誰もが同一の表情を向けている。

 スタイル抜群、モデルと言われても遜色ない美人と食事がとれるなんて羨ましい……というものではなく、全てが同情の顔だった。


 それだけこの馬鹿が規格外の狂人であることを示している。全く、なんでまあこんなひどい目に遭わなくてはならないんだ。


「そしたら高時の方が馬鹿なんだけどね。あ、これはまさしくバカップル?」


 俺は何も言わない。

 もう勝手にしろ……わざとらしく頬を染めやがって。


 飛谷は文字通り天才だ。この会社の中で俺が一番知っている。

 それに頭がおかしい割には俺以外には意外とまともな評価をもらっている。


「早くしろ」


「はーい!」


 飛谷が俺の腕に組みついてくる。ちげえよ、別に早くくっつけと言ってねえ。


 ……もうなんでもいいや。会議の連続よりも、圧倒的にこの数分が疲れた。

 腐れ縁の生き残り同僚と俺は社外のカフェに向かうことになった。


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