第十五話 木本遥子⑤
木本は頭の回転だけで比べればデスゲーム参加者の中でも上位に入ることは間違いない。とりあえず飛谷を信用して参加は決める。
だが、しっかりとしたケアをしていかないとだめだろうな、これは。
「今、気がかりなことはありますか?」
「……やっぱり妹のことです。私が死んじゃったらどうなるんだろうって」
親戚に引き取られるのか、どこかの施設に行くのか、など木本はぽつりぽつりと涙を拭きながら語り始める。
やはり、この子はまともな人間だ。
俺や飛谷、そしてスポンサーたちとは違う。
……俺は目線をずらさないまま隣にいる芝原の様子を見る。
こいつはずっと黙っているが何を考えているのだろうか。恐らく俺達とは違う人種なのだろうが、この芝原と木本は同じなのか。それを俺に判断できる材料はない。
ただ、思ったよりも表情がない状態で傾聴していることに少しホッとした。
ここで感情移入されても困る。
「このデスゲームに参加が決まってからは、借金取りが来ることはないです。毎日生きることに精一杯です」
多分、何かしていないと精神が持たないのだろう。
元々借金地獄だったせいで貯金もなくて特に何か金をかけてストレス発散というのもできない。
妹という存在のおかげで保っていると言っても過言ではない。
「それでは面談は以上になります。デスゲームの日程について知らされることはありません。突然招集されますので、もしも準備がありましたらお早めにしておいた方がいいですよ」
最後の方は要領の得ない返答が多かった面談もこれで終わることにした。
最初はその聡明さが少し窺い知れたが、最後の方はただの女子大生といったところ。
「……わかりました」
何の準備と言わなくても、彼女であれば伝わるだろう。
それが遺書や身辺整理くらい。
「あ、そうそう」
俺はカバンから一通の封筒を取り出し、それをテーブルの上に滑らせる。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべている木本はその封筒を見つめる。
それを手に取っていいのか判断しかねているようだ。
「差し上げます。妹さんの為に貯金してもいいですし、旅行に行ってもいいでしょう」
眼をぱちくりしている木本に、封筒を開けるように催促した。
そして中身を見て、眼を大きく見開いた。
「え、これ……は?」
「五百万円です。今日の面談に対する報酬ですよ」
これは完全に嘘だった。
別に面談に金なんて出るわけがない。
単純に俺のポケットマネーだ。
だが、それが自分の中で正解だと確信はあった。
「芝原、行くぞ」
ぽかんと思考停止している芝原の肩を叩き、俺は席を立つ。
未だ固まっている木本は俺達に何か声をかけようか迷っているみたいだ。
「あ、あの、ありがとうございます」
デスゲームに参加させる俺に向かって感謝をするというのはいかがなものか。
それにその金額程度なら別に痛くも痒くもない。それで俺の悩みが減る可能性があるのだから。
「ではさようなら」
もう木本遥子と一生会うことはないだろう。
俺がデスゲーム会場に直接いくことはないのだから。俺はその日、スポンサーの相手をするという別の意味でデスゲームに参加しなければならない。
芝原を伴って家の玄関を出た。
さて、面談という最重要事項は終わったわけだが。
近くで止まっていた会社の車の窓ガラスをコツコツと叩いた。
……しかし芝原が無言というのは、何か不気味だな。
「終わりましたか?」
「ええ、ありがとうございます」
「どちらまで行きますか? そのまま空港に向かわれますか?」
俺はちらりと自分の部下を見る。
無言を貫いているようだが、付き合いが十年近い俺はわかる。
一つ深々とため息をついてから、近くのホテルまで送ってもらうことにした。
「芝原、今日の夜はどこかで食事でもするか」
部下のケアまでしないといけないのか、俺は。
やっぱり一人で仕事をした方が楽だ。