第十四話 木本遥子④
「そして恐らく木本さん、あなたが気になるであろう賞金についても説明します」
ごくり、と木本の喉が動いた様な気がした。
「ゲームに勝利した陣営には四億円が授与され、生存者で山分けされます」
「よ、四億!?」
命を賭けるのだから大金が得られる可能性があるとは知っていたが、ここまで高いとは思っていなかった。そんな反応だった。
これはマジョリティな反応で、目の前の借金地獄の娘にとっても、過去の参加者にとっても非常に魅力的な金額なのだろう。
「例えば、最終的に人狼を全員追放した時点で四名残ったとします。そしたら一億円が手に入ります」
木本の借金は数千万だったはずで、最後の四人までに残れば目標は達成となる。
デッドオアアライブ。四億円か死か。
「人狼側で勝てば最低二億円担保されます」
一人で生き残れば四億円となり、過去には金目的に仲間を処刑しようとした参加者もいる。運命共同体だが、多額の賞金によって同じ陣営でも裏切りが起こることもある。
そしてこれが前回からの改善点で、ゲームの都合上人狼側が勝つ場合には必ず村人が人狼と同じ数だけ生存する形になる。一人、ないしは二人。
「そこで、生き残った者にも生存した報酬として、人狼が受け取った額の十パーセントほどが手に入ります。簡単に言うと、村側で仮に勝負で負けても生き残れば二千万円ほどもらえるわけです」
勝つことが目標にしながら、人狼側のヘイトを集めない必要がある。
これはまだ想像だが、どこかで村人側から人狼側に寝返る代わりに自分を殺さないようにする村人も出てくるんじゃないかと思っている。
このゲームの本質は誰から多数決における票を回収するか。
誰にヘイトを集めて、誰に媚びを売るか。
「周りをまとめるような有能な人物になると人狼側から邪魔で消される可能性もあるし、無能は多数決で処刑される。人との距離感が大事になるんですね」
ぽつりと木本は言葉を漏らした。
ポニーテールはしゅんとしてしまっているように見える。
俺は今回既に数人の面談を終えているが、その中ではこの木本という少女に断トツで高評価をつけていた。
あの飛谷が、頭がいいと言っていたのも頷ける。
そこでゲームについての詳しい話が終わったため、俺はあらかじめ準備してきた質問用紙を取り出す。
「では面談に移ります。もしも賞金が得られたら何に使うつもりですか?」
「……借金を返して、それで妹と一緒に普通に暮らしたいです」
俺らは彼女の家庭事情を知っている。
だが、自分で語ってもらうことが重要だ。如何に調べたものでも本人からの情報に勝るものはない。
「そのために人を殺すことへの抵抗はないのですか?」
木本は言葉に詰まった。
口を一文字に噤み、様々な感情を押し込めているようだった。
その反応を見て、俺はこの少女は麻空のようなスポンサーに受けそうだと思った。勿論、あの老人的にはその上で死ぬことを求めているが。
この金の為に悪になり切れない人間らしさが悪くない。
俺のように割り切れる者もいれば、自分の中で割り切ろうとする者もいる。特に、この子のように割り切れていないものもいるわけだ。
「妹さんがゲームに参加すると知ったらどう思うんでしょうね」
「…………」
これにも答えられない。
いや、答えてはいる。無言という答えなのだ。
俺が紙に視線を移した時に、慌てたように口を開いた。
恐らく無言が続くと面談の結果が悪い方向に行くと思ったからだろう。
「多分怒られる……んですかね。絶対に感謝はしてくれないと思います。私が無事でも、死んでも」
この少女のネックになる部分は残された家族への思いだろうか。
小学生の妹を残して死地に赴くわけだから当たり前だろうが、俺には理解ができないため共感するふりだけしておく。
「このまま、あなたは借金取りに言われたように水商売で働けば、家族と離れ離れにならないかもしれませんね。それについてはどうでしょう」
眼に涙を浮かべて堪える彼女を見て、俺は心の中で評価を下方修正する。
色々な資料で把握していたものの、やはり会って話してみて初めてわかることがある。
恐らくこの木本遥子という人間は、デスゲームを終えた後に死ぬだろう。
勿論負ければ死ぬし、仮に生存しても心が死んで壊れるだろう。デスゲームを耐え抜くだけの図太さは持ち合わせていない。
今は残される家族のためを思って耐えられるのだろうが、ゲームが始まって本番。いざ討論に巻き込まれたらどうなるだろうか。
……二日目まで平静を保てればいい方だと思う。
俺は内心で舌打ちをする。
これからまだデスゲームまで時間がある。それまでに心を摩耗し続ければすぐに発狂してしまう可能性が高い。
それは困るわけだ。
デスゲームを発狂されてゲーム性を崩壊させるわけにはいかない。
俺のためにも。