第十二話 木本遥子②
俺は車から出る前に、事前に持ってきていた医療用のマスクを口元につける。
その様子を見て芝原は俺に質問してくる。
「なんでマスクっすか?」
「いや、事前に伝えておいただろ。身元がばれるのを防ぐためだ」
実際マスクをすることでどれくらい身元がばれないのかは知らないが、ないよりかはましだ。
過去に正体がばれないようにコスプレなどで用いる狼の被り物をしていたこともあるが、自分の身元がばれないという点を除いていいことが一つもなかった。
まず暑い。これは地獄のような所業だった。
次に声が通りにくい。会話を行わなければならないのになんか聞き直されたことか。
最後に、これが一番大事な要素だが。
「被り物というのは信用されない」
「……まあそりゃそうっすね」
その光景を想像したんだろう。芝原は噴き出していた。
「俺たちは結局のところ、サービス業だからな。信頼感が大切だ」
参加者に心を開けとは言わないが、最低でもスムーズなコミュニケーションが求められる。それにおいて全く向かない、ただ自分の保身を目的に使用する被り物は使わないだけだ。
自分の保身に走ったせいでデスゲームは失敗。俺が飛ぶのが最悪だ。
「で、その妥協結果がそれっすか」
一応俺のマスクは特注で録音、録画機能が付いているわけだが。
技術部門の連中が面白がって試作品としてつけさせられているが、適当に作った試作品の割に俺は満足している。
「俺の分はないんすか?」
「……いや、お前マスク持って来いって言っただろ」
俺は呆れながらため息をつく。
こいつ、俺の話を全く聞いていないようだった。
「え、そんなこと言ってましたっけ、マジっすか。まあいっか、俺は裏方だし」
俺たち二人は玄関を潜る。
外見と同じように中は普通の家の造りとなっているが、恐らくデスゲーム用に建てられているのだろう。
「お待ちしておりました」
「悪いが、面談が終わるまで家から出てもらってもいいですか?」
中には私服の男たちが数人いたが、すぐに俺たちに頭を下げてきたためそれが社員だとわかる。
本社の俺の言葉に反論なく、男たちは出ていく。
「車にいるので、終わりましたらご連絡ください。ここには監視カメラやボイスレコーダーは設置しておりませんので」
多分この男がそういうなら本当だろう。
ここで嘘をつくリスクとリターンが見合わなさすぎる。俺達のように金で人を殺す会社からしたら全て闇に葬られることもある。
「本当なんすかね……」
「別にどうでもいいだろ。してはいけない話をするわけでもない」
元から、会社の存在すら隠さなくてはいけないのだからその末端の会話などどうでもいい。
別にリビングには鍵がかけられているわけではない。
だが、自ら逃げ出すことはないのを俺は知っている。
そもそも自分から参加者になったのだから、ここで逃げるものはいない。ただそれだけだ。
「おお、美人っすね。やっぱ盗撮写真って映り悪いっすね」
扉を開けて、目の前の女性を見た芝原は全く空気を読まずにそう言った。
お前はもう一生口を閉じていろ。
「はじめまして、今回はデスゲームに参加して頂きありがとうございます」
木本遥子。
黒髪のポニーテールで、愛嬌のある顔と言っても差支えはない。ただ、美人かどうかは俺に判断はつかない。大学生の割に化粧をしている様子はなく、年齢よりも幼く見える。細い眼は周囲をきょろきょろと不安げに見回しており、その様子を見てやはり誘拐されているせいだと推測できる。
ソファとテーブルが配置されていて、小動物のように隅に座っていた。
「あの、あなたが面談に来られた方ですか?」
ん? 面談の話。誰が話したのか。
一瞬考えたが、よくよく考えたらあの変態狂人女が参加者に会っているのだから面談のことを言っていてもおかしくはない。
あの女、余計なことは言っていないと思うが。
「先に説明させてください。これから面談を行いますが、質問に対して自由にお答えいただけます。嘘でもいいし本当でも構いません。ただ、この面談の次第で賞金が増えることもあるでしょう」
正直この面談はスポンサーへの好感度しか関わらないから個人的には嘘でも本当でもどうでもいい。
だが、嘘だとばれてスポンサーがどう感じるか、その辺りをざっくりと説明する。
特にこの木本遥子という女性は金銭的な事情によりデスゲームに参加希望している。
正確に言うと木本家の借金について俺らの会社が金融業者の代わりに引き受けている。
本人には拒否権などないが、金を求めて参加するのだから希望者と言って間違いではない。
「あの、面談の前に一つ聞いてもいいですか?」
珍しい。殆どの参加者この段階で質問を投げかけることはない。
最後に質問がないか聞いても無言であることも多い。
「行われるデスゲームの内容について教えていただけないですか? あ、えっと、無理なら全然いいんですけど」
その質問を聞いて、あの女が余計なことを言っていないとわかる。
そして隣にいる芝原は俺の対応に注視しているのがわかる。
ふむ、どうやって答えるべきか。
そんな風に取られるような一瞬の間を作ったが、実際の所返答は始めから決まっていた。
「木本さん、人狼ゲームを知っていますか?」
芝原がはっと息をのむのが聞こえた。