第十一話 木本遥子①
「わざわざご足労ありがとうございます」
「いえいえ、寧ろ迎えに来て頂いてしまって。こちらが感謝しなければ」
北の大地に降り立った俺と芝原を、現地の職員がわざわざ迎えに来てくれていた。
一応先だって連絡を入れていたのだが。
個人的には自分の仕事を全うして欲しいから、参加者を誘拐しておいてその場所を教えてくれれば勝手に行こうと思っていた。
だが、悲しいことに何故か毎回支社の職員が連れて行ってくれる。よくわからん。
恐らく、彼らからしたら本社の偉い人間が来ると勝手に思っているせいだろう。俺はあくまでも中間管理職だ。
東京と違って北海道の気温はかなり低く、俺たちはすぐに移動用の車に乗り込むことにした。
「ここでの面談って学生さんっすよね?」
木本遥子。北海道出身の二十一歳。
北海国立大学の三年だ。
「そうだな」
調査用紙には、参加の要因が父親の借金となっていた。
「うわ、こんなひどい家庭環境ってあるんすね。これでよくこんな頭のいい大学に行ったっすね」
パラパラと紙を見てそう芝原は呟いた。
その感想について俺は何か突っ込む気はないが、確かに世間一般からしたらひどい家庭環境と言えるだろう。
だが、あくまでもそういう家庭が表に出ないだけで事実として存在している。
「芝原、先に言っておくが同情はやめておけ。俺は自分の為に面談を行う。少しでも感情移入するならいますぐお前は死ね」
会社をやめろと言おうと思ったが、よくよく考えれば勝手にやめれば口封じされるのだ。隠す意味もないため俺は言い切る。
隣の席で肩をすくめるこいつを見ていると、本当にわかっているのか心配になる。
「大丈夫っすよ。ただ可哀想だなーって思っただけっす」
……普通それを同情と言うと思うが。
盗撮された写真の中では、黒髪をポニーテールにまとめたスレンダーな女性がチェーン店でアルバイトをしていた。
スレンダーというにはやや痩せすぎている気もするが。
調査用紙にはバイト歴などが数多く羅列されており、給料が高い場所で只管働いていたようだ。
管理部門からの資料によると、水商売だけは一切していない。
それはプライドからか。何かしらの事情があるのかは知らない。
「こんな美人な子なのに勿体ないっすね」
「そうか? 美人はデスゲームで受けがいいし適材適所だろ」
そりゃないぜ、みたいな顔をしている芝原。
だが俺は一切間違ったことを言っているわけじゃない。
「そういう意味で言ったんじゃないんですけど、まあタカさんらしいんでもういいっす」
俺は車の窓から北海道の風景を見つめる。
都内とは違い、自然が眼下に広がっている。
普段は人込み、書類、パソコンばかり見ていたからたまにはこんな光景も悪くない。
「今更なんすけど、北海道にも支社ってあるんすね」
「……お前、研修受けたよな?」
この会社では普通入社してから研修が行われる。その際にどこの支社、部署に割り付けられるかなど説明される。
基本的にはあまり選択権はないが、家庭事情や経済事情から希望が通ることはある。
「忘れました!」
「素直でもよろしくないな」
「寧ろタカさんはよく覚えているっすね。もう七年くらい前なのに」
俺は鼻を鳴らす。
実は俺はその研修は受けていないが、チーフになってから知っただけだった。
俺はそもそも就職活動をしてこの会社に来たわけではない。スカウトを受けただけだ。
眼が死んでいる、肝が据わり過ぎているという評価のみで俺をスカウトした当時のスカウト部門のチーフは流石だと思う。
まさかこれが天職になるとは思っていなかったが。
スカウト部門の人間は時たま、非常に見込みがありそうな倫理観や常識が壊れかけている人間を裏で入社させている。誰がスカウトされているか公には伏せられているが、大体スカウト組は給料が高く、出世も速い。
贔屓されているのでなく、デスゲームにおける狂気性を受け入れるのが早いだけだ。
「全国にあるからな。特に参加者管理部門のチーフは常に全国の支社を飛び回って参加者候補を選び続けているな」
「へぇ、俺は出会ったことないっすね。噂はちらほら」
何故か俺に向かって意味ありげな視線を送ってくる。
何が言いたいのかわからない俺は無視を決め込む。
「そしたらこの木本ちゃんも管理部門のチーフに会っているんすか?」
「そうだな」
それはあいつから直接電話で聞いたから知っている。
比較的頭がいいから、無難な中では悪くない人材だと。
俺からしたら、そもそも無難な中で悪くない人材が褒めているのか貶しているのか理解が及ばない。
「で、これからその子の家に行くんでしたっけ?」
「そんなわけはないだろ。そもそも今日俺たちと面談があることすら知らされていない。バイト帰りにでも一度拉致されるだけだ」
それは芝原達運搬部門の仕事だ。
「つきました」
「ありがとうございます」
着いたのは一軒の民家だった。