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アザー・ハーフ  作者: 丹㑚仁戻
第十章 すれ違いの先
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42. 蠢く思惑

「撒かれた?」


 涼介が蒼達と遅めの昼食を摂っていた頃、レオニードは目の前の少年から意外な言葉を聞き、目を見開いた。


「……ごめん」

「気付かれてたのか?」

「そういう感じじゃなかったけど、僕が見間違えたのかも」


 心底申し訳無さそうに項垂れる少年は、不甲斐ないと言わんばかりにぎゅっと唇を噛み締める。


「いや、リョウスケなら有り得る」


 そう言って、レオニードは考えるように目を細めた。

 彼の知る涼介という人物は頭がよく回る。それはあらゆることを疑ってかかっているからだと知っているレオニードは、恐らく近頃の少年の態度から自分に疑われている可能性を考慮して行動したのだろうと考えていた。

 この少年――ルカは優秀だが、少しばかり感情を顕にしすぎる節がある。昔から涼介のことは嫌っていたが、最近の彼の飄々とした様子のせいでより苛立ちを募らせたのだろうと小さく息を吐いた。


 そして、涼介がわざわざルカを撒いた理由に考えを巡らせる。実際に尾行されている確証もないのにそのような行動を取ったということは、余程知られたくないことがあるのだろう。涼介が今知られたくないこと――レオニードの中に一つだけ思い当たるものがあった。


「昨日、アイツは女と会ってたんだってな」

「そうだよ、例のアオって女の人」

「確か普通の人間だったな」


 自分で直接見たわけではないが、蒼を間近で見たことのある人物からの情報もあるので間違いないだろう。折角なら有効に使った方がいい、とレオニードは口端を上げた。

 その思惑はルカにも伝わったらしい。彼は確認するように「儀式に使うの?」と首を傾げた。


「手元に置いといても損はなさそうだろ? 俺らの血じゃ無理だしな」

「そうだね。()だけじゃ心許ないし……代わりがいるって分かれば、あの人ももっと協力してくれるかも」


 そう言って楽しそうに笑うルカを横目に見ながら、レオニードは慌てる涼介の姿を想像して口元の笑みを深くした。



 § § §


 涼介と会った翌日、蒼は身支度を整えるとダイニングにいる朔に声を掛けた。身支度と言っても、ジーンズにパーカーという休日仕様のシンプルなものだ。これから行く場所ではわざわざめかしこむ必要はなく、外に出るための最低限の服装だった。


「ちょっと買い物に行きたいんですけど」

「は?」


 蒼の言葉に怪訝な表情を浮かべた朔は、包帯の巻かれた右手でスマートフォンを耳元に当てていた。

 初めて見る朔の電話する姿に新鮮なものを感じる一方、蒼はその右手の怪我が物を持てる程度には回復していることに安堵を覚える。前日の食事の時は左手で器用に箸を使っていたが、本来の朔は右利き。それなのに左手を使ったということは、右手は箸を持つのですら辛いということだろうと思っていたのだ。


 ――でもまだ包帯取れてないんだから、スマホくらい左手で持てばいいのに……。


 箸よりはよっぽど楽だろうと思いつつも、それを口にすることは避けた。怪我の原因はそもそも自分がナイフを持って帰ってきたせいだし、何より今は雑談という気分ではなかったからだ。

 だから朔が電話中というのは、蒼には好都合だった。何の話をしているのかは気になったが、彼が誰と話しているかは考えるまでもない。何故なら朔の番号を知るのは蒼とその人物――涼介しかいないのだ。


 蒼は朔が通話を中断しないように、彼の意識が完全に自分に向く前に急いで言葉を繋げた。


「食料の買い出しですよ。ほら、すぐそこに緑の看板見えますよね? あのスーパーです」


 そう言って、蒼はダイニングの窓から見える看板を指差した。朔がその指に釣られて背後の窓に気を取られているのを見ると、くるりと身体を反転させ玄関へと駆け出す。


「一時間くらいで帰ってきますから!」


 本当は朔と一緒に行くべきなのだろうとは思ったが、まだ自宅近辺に危険はないということは昨日の涼介とのやり取りで分かっていた。レオニードから蒼を逃がそうとしている涼介は、彼女についての殆どの情報を周りに共有していないらしい。

 それでも、万が一ということもある。万全を期すならばこの行動は良くないと蒼も理解していたが、これが最後だと言い訳をしながら脚を動かしていた。


 ――今は一人になりたい……。


 もう涼介のことを疑いたくないはずなのに、昨夜浮かんだ考えが蒼の頭の中に纏わりついて離れなかった。自室に籠れば一人になれるかもしれないが、家にいる限りどうしても朔の存在を意識してしまう。するとどうにも涼介の顔がチラついて、彼への疑いが間違いなのだと、自分を納得させる理由を考えようとしても上手く考えられないのだ。


「おい!」


 朔が慌てて自分を呼び止める声を聞きながら、蒼は逃げるようにして自宅を飛び出した。


 追いかけられる可能性も考慮して自宅を出てから暫く走ると、すぐに目的の店が見えてくる。本当は買い物に一時間もいらなかったが、店の中にあるイートインスペースでコーヒーでも飲みながら、一息つこうと思っていたのだ。


 ――流石にこの時間なら空いてるよね。


 席が埋まっていたら別の場所を探さなければならない。念のため他の候補を思い出しながら、入り口の自動ドアをくぐろうとした時だった。


「そんな格好してると余計ちんちくりんね」


 背後から聞こえてきた女性の声に、蒼は反射的に振り返っていた。そしてその先にいた人物に目を留めると、ぱっと顔を輝かせた。



 § § §


 寝起きの朔がダイニングで煙草を吸おうとしていた時、テーブルの上に置きっぱなしになっていたスマートフォンが着信音を響かせた。

 画面に表示されていたのは昨日登録したばかりの名前。会ったばかりで何のようだ、と朔は少し眉間に力を込めながら通話ボタンを押した。


「――朔? ちょっと面倒なことになった」

「何がだよ?」


 電話口から聞こえてきた涼介の声が少し焦ったように感じられて、朔は眉間の皺を深くした。


「レオニードが蒼ちゃんのこと気にかけてる。多分、すぐにでも連れてこさせたいっぽい」


 予想外の言葉に朔の目が見開かれる。たった一晩でどうしてそんなことになった――そう怒りたかったが、直前で涼介の責任と決まったわけではないことに気付き、小さく「なんで……」と漏らすに留まった。


「実は俺たちがこんな身体になったのって、あの聖杯のせいなんだけど――」

「知ってる。エレナの姉貴を殺して儀式みたいなことしたんだろ?」


 早く本題が聞きたいと思いながら涼介の前置きを遮った時、ダイニングの入り口から「ちょっと買い物に行きたいんですけど」と声が聞こえてきた。考え事をしていた朔はすぐにその言葉を理解できず、「は?」と聞き返すが、返ってきたのは同じ言葉ではなく何故か窓の外を示すものだった。


「一時間くらいで帰ってきますから!」


 後ろから聞こえてきた声にやっと蒼が出かけようとしているのだと気付いた朔だったが、窓から振り返った時にはもう彼女の姿はそこになかった。


「おい! ちょっと待て!」

「どうした?」


 スマートフォンから涼介の不思議そうな声が聞こえる。朔は舌打ちをしながらそれを握り直すと、苦々しい表情で「あの馬鹿、また一人で出掛けやがった」と涼介に愚痴を溢した。


「一人って、遠く?」

「いや、すぐそこに食料の買い出しだと」

「なら大丈夫じゃない? 出掛けたってことは今蒼ちゃんちだろ? そこはまだレオニード達にバレてないはずだし」

「……でも狙われてるんだろ?」


 朔は大きな溜息を吐きながら煙草に火を付けた。状況に反してのんびりとしているのは、涼介の言うとおり蒼の自宅はまだレオニードに知られていないため、危険は少ないと判断したからだ。

 恐らく蒼も同じように考えたのだろう。しかしいくら居場所が知られていないとは言え、こんな簡単に一人で不用心に出掛けられるものだろうか――朔は蒼をレオニードから逃した後のことを想像し、余計に気が重くなった。


「そうそう、狙われてるんだよ。儀式のこと知ってるなら話が早いんだけど、その儀式の生贄にするのって俺たちじゃダメでさ」

「俺たち?」

「そう、あの日生き残った俺たち。だから――」

「だからアイツを使おうとしてるのか?」


 自分達と違って、普通の人間の蒼を――涼介の言葉を最後まで聞かずとも、朔の頭の中には彼が言わんとしていることが簡単に思い浮かんだ。


「そういうこと。レオニードからしたら、口封じついでに材料として確保しておくのもアリなんじゃないかって考えたんだと思う」


 そう言う涼介の口調はいつもと変わらなかったが、少しだけ低い声は、彼が僅かに動揺していることを表していた。


 ――想定外だったのか……。


 最初の焦った様子といい、今のこの声色といい、この状況が涼介にとって想定外だったのだと朔に思わせるには十分だった。レオニードが蒼を殺さず確保しておこうと考え至ること、というよりはその時期だろう。

 儀式には普通の人間が必要で、ちょうどその命を奪いたい人間がいる――それを知っていればレオニードが蒼を捕まえようと考えることなど、朔ですら簡単に想像できたため涼介が気付かないはずがない。にも拘わらず焦っているということは、それが思っていたよりも早まってしまったということだろうか。


「……どこまで動いてる?」


 時期が想定外なのであれば、現状は思っているよりも悪いのかもしれない。朔が探るように問いかけると、涼介は存外落ち着いた様子でその質問に答えた。


「とりあえず適当なこと言って時間は稼いだけど、何も進展なければすぐにでも何かして来そうな雰囲気だった。多少探られても大丈夫なようにはしてあるから今すぐ家から出ろとは言わないけど、蒼ちゃんには荷造りしておいてもらった方がいいかも」

「分かった。戻ってきたら伝える」

「あとエレーナのこと伝えたよな? この状況じゃ蒼ちゃんの我儘聞いてあげられないぜ?」

「……分かってる」


 結局エレナの死を蒼に伝えられていないことを思い出し、朔は重々しく息を吐いた。

 電話越しでもそれを察したのだろう。涼介は小さく息を吐くと、「にしても――」と話を逸らすように言葉を続けた。


「――蒼ちゃん、中々肝が座ってるね……」

「……ただの馬鹿なんだよ、アイツは」


 ――まあ、アイツにちゃんと話せてない俺も人のこと言えないな……。


 急を要すほどではないと知り安心したものの、しかし今度こそ蒼にエレナの死を伝えなければならない。そのことを考えると気分が重くなる朔だったが、ふと昨日考えたことが頭を過ぎり、詳しく知っているであろう涼介に聞いてみることにした。


「そういや、レオニードの仲間ってあと四人で合ってるか?」

「四人?」


 聞き返す涼介に、朔は四人の内訳を説明した。朔にとってルカ以外は“名前の分かっていない人物”で一括りにできるが、涼介にとってはそうではないだろうと思ったのだ。


「いや、そういう話なら三人だよ」

「三人? 生き残りの人数合わなくねぇか?」


 レオニードの仲間が残り三人だとすれば、十人いるはずの生き残りの人数が九人になってしまう。朔が訝しむように問いかければ、涼介は困ったように返事をした。


「でも実際三人なんだよ。あの島自体、実は結構人の出入りがあるからさ、当時は二千人いなかったのかもしれないし」

「だとしたら、普通に生き残ってる奴がいてもいいはずだろ」

「ってなると、当時島にいたのがぴったり二千人――厳密に言うと二千と十人か――まあ、綺麗に割り切れないとおかしいだろ? そんな偶然ある?」

「それは……」


 何も言い返せず、朔は言葉に詰まった。島に《《普通の状態の》》生き残りがいないということは、朔達のような生き残りの人数と必要な命の数がぴったり釣り合ったということになる。涼介の言うとおり、それが偶然で起こるとは思えなかった。


「ま、朔の言いたいことも分かるよ。それについてはレオニードも気にしてて、もしかしたらヴォルコフが手を回してるのかもって言ってた」

「どういうことだ?」

「さあ? そのあたりは流石に分かんないけどさ、朔だって島の隅々まで生き残りを探したわけじゃないんだろ? 考えたって仕方がないよ」

「…………」


 朔はまだ納得できなかったが、涼介の言うとおり今持つ情報だけで考えることは無理だということは分かっていた。自分よりも聖杯に詳しいであろう涼介や、元の持ち主の息子であるレオニードまでもが分からないと匙を投げていることなのだ。明らかに彼らより情報を持たない自分が、納得のいく答えを出せるとは朔には思えなかった。


「あと、さっきは朔の話に合わせて三人って言ったけど、実際今生きてるのはルカ一人だけだよ」


 朔が黙り込んだことで島の状況の話は終わりだと判断したのだろう、涼介が朔の最初の質問に付け足すようにしてそう言った。

 しかし突然告げられた事実に、朔は戸惑ったように「は……?」と声を漏らすことしかできなかった。


「儀式に俺たちの血じゃダメとか、お前も知ってるっぽいけど銀がダメとか、そういうのどうやって知ったと思う?」

「まさか……」

「そのまさかだよ。レオニードは意外と研究熱心でさ、この身体になってから色々試したんだよ」


 涼介の言葉に朔は思わず顔を顰めた。

 言い方は随分軽くなってはいるが、色々試したということは、その二人には何度も苦痛が与えられたということだ。レオニードの噂を知ってたので彼ならやりかねないと簡単に納得できたが、それでもこうして身近な話として聞くと随分印象も変わってくる。


 そして同時に、蒼をレオニードから遠ざけなければならないという認識も強くしていた。儀式の生贄として必要ということは、エレナの姉の死に様を聞く限り無駄な苦しみを与えられる可能性は低いだろう。だが、実際に必要になるまでは死なない程度に何かされたとしても不思議ではない。


 朔は涼介との通話を終えると、画面に表示された時間を確認した。一時間で帰ってくる――その言葉を思い返しながら、蒼にエレナのことをどうやって伝えようかと頭を悩ませた。



 § § §


 最初の目的地近くの公園で、蒼はベンチに座って空を見上げた。意外な、しかし会いたいと思っていた人物に会えたことで気分が高揚しているのだろう。その口元には微かに笑みが浮かんでいる。


「なんか馬鹿っぽいわよ」

「エレナさんに言われると余計に傷つく……」


 後ろから歩いてきた人物――エレナはおかしそうに笑うと、その手に持っていた二本の缶コーヒーのうち一本を蒼に渡しながら隣に座った。


「零さないでね」

「開けてくれてるんですね」

「……そういうものでしょ?」


 プルトップの開けられた缶をまじまじと見つめる蒼に、エレナが肩を竦める。

 蒼としては珍しい渡された方だったが、振礼島では普通なのだろうかと思い「ありがとうございます」と缶に口を付けた。先程走ったことで喉が乾いていたのか、冷たい中身をごくごくと勢い良く飲み進める。半分程飲んだところで困ったような顔をするエレナに気付き、コーヒーの飲み方じゃないなと気まずそうに笑いながら「喉が乾いてて」と言い訳をした。


「エレナさんは、どうしてあんなところに?」

「偶然通りかかったのよ。そうしたらどこかで見たちんちくりんちゃんがいるなぁって思って」

「私の名前、覚えてないわけじゃないですよね……?」


 蒼がじっとりとした目で見れば、エレナがニヤッと笑う。

 それを見てわざとやっていると分かった蒼だったが、エレナの顔がどこか疲れたように思えて、気付けば「何かあったんですか?」と尋ねていた。


「……どうして?」

「何か、少し疲れたお顔をされているな、と」

「それを言うならアンタの方が酷いわよ」


 ――そんな分かりやすかったかな……それなら家でもバレて……。


 エレナに何か言わねばと思うのに、蒼の口からは中々言葉が出てこなかった。ぼんやりとしてきた頭で言葉を探すが、探そうとした先から中断されて一向に進まない。


「どうしたの?」

「なんか……ぼーっと、してて……」

「……やっぱり疲れてるんでしょ? 少し寝ていけば?」

「でも……」

「少しくらい寝たって誰も咎めないわよ。私が見ててあげるから、ほら、コーヒーこっちに渡して」


 そう言いながらエレナは蒼の手から缶コーヒーを抜き取った。もう殆ど力が入っていなかったのか、驚くほど簡単に蒼は缶を手放す。

 そしてエレナはそのまま蒼を自分の方に抱き寄せ、「すぐに起こしてあげるから」と彼女を眠りへと(いざな)った。


 蒼は少し冷たくなってきた空気とエレナの体温に心地良さを感じて、いよいよ瞼を開けていることが難しくなっていた。「目を閉じて」、そんなエレナの落ち着いた声が上から落ちてくれば、もうそれに逆らうことなどできるはずもない。


「――……ごめんね」


 抱き寄せた蒼から聞こえてくる気持ちよさそうな寝息に、エレナは辛そうな表情を浮かべながら呟いた。自分には選択肢がないのだ――二つの命を天秤に掛けた自らの浅ましさに吐き気を覚える。


「小柄な人で助かったよ」


 前方から近付いてきた人物に気が付くと、エレナはすっと表情を消し、声の主を仰ぎ見た。


「早く運びましょう、ルカ」

第十章『すれ違いの先』完

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