nEver laND
初めまして、つぶ貝です。
展示会で出させていただいたものを、こちらにも載せさせていただきます。
紙媒体のものから少し編集している部分もあります。
タイトルからもわかる通り、童話「ピーターパン」の二次創作となっています。
完全なる捏造です。少しだけ残酷描写を含みます。
元のお話のイメージを壊されたくない方は閲覧をお控えください。
『みなさんはピーター・パンをご存じだろうか。そう、あの絵本でも有名な、ネバーランドに住むピーターパンである。私はその彼が現実に存在し、ネバーランドもこの世界にあることを主張する。これは詭弁などではない。私の実体験に基づいた事実である』
ロンドンのとある一軒家のテレビから朝のニュースが流れている。
「おかあさん」
「なあに?朝ごはんなら、もうすぐできるからね」
「ピーターパンだって!」
少女の無邪気な声とともに一人の母親は過去を思い出すと同時に唖然とした。
「ピーター!本日の見回り完了しました!」
「ご苦労!次は食料の調達だ!」
「イエッサー!」
緑や自然に恵まれたここ、ネバーランド。年をとることを忘れた子どもたちは毎日、のびのびと島中を駆け回っている。遊び疲れたころには、各々自分たちの集めたものを持ち寄って隠れ家に集まり、みんなで食事をとるのが日課だった。食事を終えると、ピーターはロストボーイを集めて、机の上の木の実を披露する。
「みんなお待ちかね!デザートの木の実だぞ!」
「やったね!これめちゃくちゃおいしいんだよなぁ」
「うん、すごいおいしかった!」
「おいしかった、ってお前持ってくる間につまみ食いしたろ!!」
「あ、バレちゃった」
「全員の分なくなっちゃうだろ!お前のなしな!」
「えー!文句なしのじゃんけんで決めようよ」
「これだけ大人数だといつまでたっても決まんないぞ」
みんなが木の実を巡って言い合いをしている隙に、ピーターがナイフで残りの木の実を串刺しにした。
「争いの種はみんなの兄貴分である、僕が回収しとかないとなっ」
「あー!ピーターが全部取った!!」
「ずるいよ!」
「取ったもん勝ちさ。おっ、ほんとおいしいなこれ」
「全部食べちゃった…」
「みんなー!ピーターを捕まえろ!」
「じゃあ、僕は食後の冒険に出かけよっと!」
「あ!待てー!」
ロストボーイが追いかけようとする中、ピーターは地面を蹴り、空中へと飛び立った。
「あ!ティンクと一緒だからって、いっつも飛んで逃げるなんてずるいぞ!」
「それでは、みんなまた後で会おう!」
みんなからののブーイングもどこ吹く風と聞き流しながら、ピーターの姿は海のほうへと小さくなっていった。ロストボーイの一人がピーターについていこうとするティンカーベルを引き留めた。
「なぁ、ティンク、俺たちにも頼むよ」
「そうそう!粉かけてよ!ピーターを追っかける!」
意気揚々とこぶしを掲げる一人に対して、ティンクは羽を震わせノーを示した。
「今日はだめってさ。ほんとティンクはピーターに甘すぎだよ」
「その割にピーターは、ティンクがいるの当たり前、って思って自由気ままだし」
「たまにはティンクもわがまま言っていいと思うけどな?」
「まぁ、あの二人はずーっと一緒だから。お互いにしかわからないところもあるんだよ。」
「それもそうか、じゃあ、ティンク、ピーターによろしくね。」
ロストボーイたちはピーターを追いかけるのをあきらめ、各々で遊びに出かけた。そんな彼らに見送られた小さな光はまっすぐピーターの元に向かっていく。
「さぁて、今日はどこを探検しよう。ティンクはどうしたい?」
ピーターは空中で寝転がりながら、自分の周りを飛び回る妖精に話しかけた。
ティンカーベルは彼の周りを嬉しそう飛びながら訴えかける。
「うん、そうだな、久しぶりにあのジャングルに行ってみようか。」
言うが早いか、ピーターはジャングルの方へ飛び進んだ。ティンクもすぐさまあとに続く。久しぶりに訪れたジャングルは、何も変わらず鬱蒼と茂っている。年をとらないという不思議な状況は自然に対しても同じらしい。
「ここに来るのほんとに久しぶりだなあ。あの時から一度も来てない気がする。」
あの時。そう、それはかつてピーターがロンドンからあの姉弟たちを連れてきたときだった。
「なんだよティンク。お前までしょんぼりしちゃって。」
「あんなにウエンディに突っかかってたのにさ。」
ピーターが笑いながら茶化すと、ティンクは妖精の粉を散らしながらピーターにぶつかってくる。どうやら起こっているようだ。
「ごめんって。みんなどうしてるんだろうな…。」
あれから何か月、いや何年経っただろうか。ここでは年をとらないため、時間の感覚が鈍くなる。彼女たちがいたのはたった数日なのに、去った後の寂しさは残ったままである。
ティンクは少し心配そうにピーターの顔に近寄ってきた。
「慰めてくれてるのか?大丈夫、心配いらないって。」
そういうと、ピーターは指でティンクの頭を撫でてやった。
「よし、こんな暗い空気を吹き飛ばすためにも、冒険しよう!ついてこい、ティンク!」
ピーターは地面に落ちていた枝を拾い、剣のように振り上げながらジャングルを進んでいった。
『では、本日のニュースです。速報です。イギリスのマイケル博士が、長年研究していた〈幻の島〉の正確な緯度、経度を特定しました。予定によれば、一週間後には、派遣した調査隊が帰還し、詳しい状況がわかるとのことです。このニュースは世界の学会にも―』
「ピーター!ピーターってば!」
「…なんだ…?」
朝、小鳥の鳴き声が聞こえる前にピーターを呼ぶ声に起こされた。家の外に出てみると、ロストボーイたちが息を切らして集まっていた。
「あ、ピーター起きてきた」
「大変なんだよ」
「どうしよう!」
寝ぼけながら連れてこられたピーターも、ロストボーイたちの慌てる様子に少しだけ目を覚ます。
「急にどうしたんだ?」
「船が!船が近づいて来てて」
「船って、フック船長だろ?そんなに慌てなくても大丈夫だって。」
「違うんだよ!見たことない船で、灰色の船なんだ」
子どもだちが早口で説明する中、船の特徴に違和感を感じたピーターは首を傾げた。
「灰色?珍しい船だな」
「だからフック船長じゃない誰かがこの島に来てるんだよ」
「人は乗ってた?」
「それは見てないけど…砂浜にその船があるんだよ、来て!」
ロストボーイたちに引っ張られて砂浜に来ると、確かに見たことのない灰色の船が止まっていた。
「なんだこれ、ずいぶん変わった船だな」
「ピーター、これ変な音がするよ」
一人が船を叩いてみると気とは違う、変な音がした。
「これ鉄でできてるよ」
「初めて見る。」
「フック船長のものではないな」
「ピーター!中に誰もいないよ!」
みんなビクビクしながら船を探ってみたが、とりあえず誰も人がいないことを確認してほっと胸を下ろす。
「たまたま流れ着いたのかもな」
「よかったぁ。新しい海賊が来たのかと思ったよ」
「来たとしても、ぼくたちなら怖いものなんてないさ!」
「そうだね!」
「ではみなのもの!冒険に出かけよう!」
「イエッサー!」
ピーターの掛け声のもと、みんなが砂浜から森へ帰っていく中、ティンク一人が不安そうに鉄の船を見つめていた。
数日後、気づかないうちに鉄の船は消えていたが、また流されたのだろうと思われていた。
『速報です、マイケル博士の調査隊が本日帰還しました。調査隊は動物を使った実験をしており、その映像が公開されています。その映像からも、マイケル博士が現在まで主張し続けていた〈肉体の老化が停止している〉ということが証明されました。博士はその島のことを〈ネバーランド〉と名付けており、今後、その島の扱いは世界レベルで検討され―』
「よし、今日も異常なし!たまにはフック船長のところに遊びに…ん?ティンクどうしたんだ?」
いつものようにピーターが空を飛んでいると、ティンクがすごい勢いで飛びついてきた。
「え?島の周りに船が?それもたくさん。もしかして、前に見た灰色の船か?」
ティンクが首を縦に振ると、ピーターは考え込む様子を見せた。
「島に乗り込んでくる様子ないのか、そうか、人は乗ってたか?」
ピーターの問いに対して、妖精の粉が舞うくらい首を上下に動かすティンクを見て、珍しく真剣に考える素振りを見せる。
「フック船長の知り合いか?いや、まずありえないよな。うーん…あ!」
「ウエンディたちかもしれないぞ!」
突然大声をあげたピーターに驚いたが、次の言葉を聞いた瞬間、ピーターの頬に突進してくる。
「いてっ!怒るなって、軽いジョークじゃないか。確かに、今までこんなことなかったけど、島に乗り込んでこなさそうなら、大丈夫だって」
それでも心配そうにしているティンクを見かねて、ピーターは提案する。
「わかったよ。インディアンたちにも協力しもらって、見回りを増やそう。それなら、もしものことがあっても大丈夫だろう?」
ピーターの提案にやっと少し安心したのか、ティンクの忙しない動きが落ち着き始めた。
「心配性だなあ、ティンクは」
そう言って安心させるように、ティンクの頭を撫でてやる。
「おーい!ピーター!みんなを呼んできたよー!」
「わかった、今行く!ティンクも行こう」
ピーターがティンクとともに地面に降り立つとロストボーイたちが集まっていた。
「よーし、お前たち。今日は冒険に行く前にインディアンキャンプに行くぞ」
「え?突然だね」
「久しぶりに行くなあ」
「最近この島に近づく怪しいやつらがいるらしい。そいつらが乗り込んでこないように、インディアンたちと協力して防衛隊を結成する!」
ピーターが大声で宣言すると周りのロストボーイたちが一気にわっと沸いた。
「おお!防衛隊だって!かっこいい!」
「インディアンたちと力を合わせたら敵なしだね!」
「では、みんな、行くぞー!」
「イエッサー!」
『本日のニュースです。〈ネバーランド〉所有の問題を巡り、各国で意見が分裂しているようです。当初は世界全体で保護する方向でしたが、それに関する同盟からいくつもの国が離脱。離脱した国の中には発端のイギリスも含まれた折、同盟自体が消滅する可能性が生まれています。それに伴い〈ネバーランド〉周辺の海域で複数国の船が滞在しており緊迫した状態が続いています。政府はー』
今日も彼に電話を掛けるが数コールの後、無機質な声とともに留守番メッセージに案内される。
「……どうして出てくれないの」
「どうしたんだい?最近ずっと電話をかけているけど」
「実は…弟と連絡が取れなくて」
「弟さん…。あぁ、もしかして今話題の」
「えぇ…。そうなんだけど」
取り返しがつかなくなる前に止めなければ…。彼女は焦りに駆られていた。
「…いたたたた!なんだよティンク!今、夜中だぞ!」
ティンクに蹴り起されると、ピーターは外が騒がしいことに気づいた
「なんだ、この音、音っていうか地響き…?」
ティンクに引っ張られて外に出て、ピーターは自分の目を疑った。
「…どういうことだ!?」
いつもは緑で染め上げられているはずの森が、砂浜の方から赤く染まっている。
「どうして!森が燃えてる!ティンク!」
「ピーター!!」
ティンクに問いかける前に森の奥から、ロストボーイとインディアンたちが飛び込んできた。みんな顔は真っ青で息も絶え絶えにピーターに話す。
「どうしよう、ピーター!」
「何があったんだ!」
「大人たちだ!大人たちが島に乗り込んできた!」
「どういうことだ!」
「ぼくたちもわからないんだ!船が一隻だけ島に近づいてきたと思ったら、その船に大砲が、それでどんどんほかの船が島にやってきて」
「みんなはどこに」
「ぼくたち戦おうとしたんだけど、相手が見たこともない武器を持ってて」
ロストボーイたちの言葉を継ぐように、扉から褐色の少女、インディアンの長であるタイガーリリーが入ってきた。
「私の仲間が一人やられた。ものすごい破裂音とともに、体が貫かれて、どうにか逃げたけど血が止まらなくて」
「今はみんなインディアンの隠れ家に隠れてる」
「わかった、ティンク行くぞ」
「待って、ピーター」
ピーターが飛び立とうとすると、インディアンが引き留めた。
「なんだよ、急がなきゃいけないんだろ!」
「相手の見たことのない武器なんだが、見た目はフック船長が持ってる銃に似ているが威力が桁違いだ。今空を飛んでいたら、彼らの的になる」
「…。わかった、近道を教えて」
「了解した」
走って隠れ家に向かう途中も砂浜の方から、大きな破裂音や地響きのような音が鳴り続けていた。どうにか、ピーターたちが隠れ家につくとロストボーイとインディアンたちが駆け寄ってきた。
「ビーター、助けて!血が、血がずっと出てて、止まらないんだ!」
「薬草を持ってきた、ケガをしたっていうのは」
「あそこで寝かせてる」
ピーターがケガをしているインディアンのもとに行くと、仲間がすがるように見つめてきた。だが、ピーターは寝ている彼を見た瞬間固まった。彼の胸元にはビー玉くらいの穴がいくつも空いていて、そこから血が流れ続けていた。彼は弱弱しい呼吸を繰り返している。
「なんで血が止まらないんだ!なんで!」
「もうやめろ」
「タイガーリリー」
ピーターや子供たちが傷口を抑え、どうにか血を止めようとしていると、
隠れ家の奥から、凛とした声とともにタイガーリリーが現れた。
「もう、無理だ。彼自身も悟っている。これ以上苦しみを長引かせるのはやめよう」
「でも…」
ピーターが言葉を続けようとする中、タイガーリリーは少年のそばにしゃがみこんだ。
「よく戦った。もう楽になって良いぞ」
言葉をかけながら少年の頭を撫でてやると、彼は安らかそうな表情を浮かべながら呼吸を止めた。隠れ家の中に誰のものともわからないすすり泣きの声が響く。
タイガーリリーは頭を撫でていた手を止め、立ち上がり、ピーターの方へと向き直った。
「今の森の状況は知っているな」
「ああ。大人たちが攻めてきたって」
「相手はかなりの強敵だ。フック船長とは比べ物にならない強い銃や大砲を持っている」
「でもこのままじゃ」
「森や島全体が侵略されてしまう上、私たちも無事ではすまない」
タイガーリリーの言葉にピーターの顔が歪む。自分たちはただ楽しく暮らしていただけなのに…。突然その幸せを壊されたことに悔しさと怒りがこみ上げてくる。
「侵略を止めなきゃ」
「もちろんだ、我々も同朋を殺されて黙っているわけにはいかない」
「ただ…どうやって戦えば」
「真っ向から向かえば、あの武器の餌食だ。昼間は身を潜め、だが、夜中に奇襲を仕掛けていけば、昼間よりは安全に戦えるはずだ。草むらに紛れるように変装すれば、気づかれにくい」
「そうだな、僕は協力者を増やそうと思う」
ピーターは顎に手をかけ話を聞きながら考え込んだ末、考えを口に出した。タイガーリリーは「協力者」に心当たりがあるのか、少し眉を寄せる。
「まさか、あの海賊団に頼むのか?」
「今は敵とか言ってられない状況だし、もしかするとフック船長たちも襲われてるかも」
「…わかった、お前に任せる」
「任せてくれ」
一度話し合いに区切りがついたところで、ピーターは集まっている他の者たちに向き直る。
「みんな!話は聞いていたな!みんなでこの島を守るんだ!」
「イエッサー!」
「ピーター、健闘を祈る」
「君もね。ティンク、一緒に来てくれ!」
この出来事をきっかけにネバーランドの人々と、外の大人たちとの戦いが、いや、一方的な侵略が始まったのだ。
『本日のニュースです。先日、一つの戦艦が島の侵入ラインを突破したことで起こった侵略戦ですが、現在確認されている情報では、十数国がすでにネバーランドに上陸しているとのことです。しかし、ネバーランド周辺の海域では電波状況が乱れており、情報の倒錯も見られています。これ以上の交戦を止めるために開かれた会議では常連理事国を含め半数以上の国が欠席したため―』
深夜、彼女は思いつめた様子で流れるニュースを見つめていた。
「あなた…」
「どうしたんだい?そんなに深刻な顔して」
「話したいことがあるの」
「もしかして、君が連日弟くんに連絡しようとしていることと、関係があるのかな」
「えぇ…」
彼女の顔は決意に満ちていた。こうなってしまっては梃子でも動かないことは自分が誰よりも知っている。
「おかあさん?」
「…あ」
「あらら、目が覚めちゃった?」
「うん、のどかわいた」
眠そうに眼を擦りながら、息子がドアから顔をのぞかせた。途端に不安そうになる彼女を見て自然と体が動いた。
「お水飲みに行こうか、そうしたらまたベッドまで付いて行ってあげよう」
「じゃあ、おはなししてほしい」
「しょうがないなあ、何がいい?」
「ピーターパン!」
「ああ、おかあさんのピーターパンのお話だね」
「うん!ぼく、あのお話大好き!」
「おとうさんもだ。さ、キッチンに行こうか」
息子が先にキッチンへ向かうと、彼女に向き直った。彼女の頭に優しく手を置き声をかける。
「寝かしつけてくるから、ソファで座って待ってて」
「…ありがとう」
彼女は肩の力を抜くと、ようやく目を合わせてくれた。自分も息子を寝かしつける間に、彼女の話を聞く心の準備をしなくては、彼は心の中で独り言ちた。
「ピーター、大丈夫?」
「ああ、そっちは」
「こっちも大丈夫、見つかってないよ」
あれからピーターたちは、日中は大人たちの動きを探りながら身を潜め、夜中、大人たちが少数で動いている隙に攻め込んでいた。そうして戦力を削ごうとするが、毎日のように新しい船が乗り込んでくる上、相手も大人たち以外の敵に気づくようになり、警戒が高まっていた。
「フック船長たちの海賊団は?」
「海上の船を落とそうとしてるらしいけど、数が多い上に、相手のほうが大砲が協力で、船が限界の状態らしい」
「そんな…」
「にしても、この森が丈夫で助かった」
森は炎で燃やされた後も、ものすごい勢いで成長し元通りになる。そのおかげでピーターたちは身を潜める場所がなくならずにすんでいた。
「ところでピーター、ティンクは?」
「僕のとっておきの隠れ家にいる。心配いらない」
「そっか」
「あいつらがティンクに気づいてないのはラッキーだ。」
「うん…」
「ティンクは…奪われるわけにはいかない」
いつになく真剣な面持ちでピーターがつぶやく。ロストボーイはそんな彼を見て何を考えているか悟ったのか、より表情を引き締めた。
「そうだね、僕たちが守らなきゃ、…みんなの分も。」
ピーターたちは常に苦戦を強いられていた。こちらも武器を持っているととはいえ、相手はそれをはるかに超えた威力の武器で襲ってくる。圧倒的な攻撃力の差、防御することもかなわない中、悲しくも仲間が何人も散っている。
「ちくしょう…、なんでこんな目に」
「ッ!だれだ!そこにいるやつ!」
ピーターが突然声をあげ、剣を構えた。遅れてロストボーイが武器を構え声の方向へ目を向けると、草むらに人影が見えた。声をかけられたことで動揺したのか、相手の影が動いた。
「出てこい!」
ピーターの声のままに影が立ち上がる。ようやく見えたその姿は攻めてきている大人たちと同様に軍服を着ていた。一気に場の空気が張り詰める。
「いつの間にばれたんだ!ピーター早く逃げよう!」
「待って!」
逃げようとしたその背中に妙に高い声が聞こえた。島に乗り込んできた大人たちはたいていが男だったため違和感を覚える。しかし、今は一刻も早くこの場を去らなければ、人を呼ばれてさらに不利な状況になりかねない。
相手の声を無視して進もうとすると、さらに強く声が引き留めようとする。
「お願い待って!あなたたちと戦うつもりはないの!」
「ピーター、だまされちゃだめだ、相手はあの武器を持った大人だよ!」
すると、女は持っている武器をすべて地面に放り投げた。
「信じて、お願い。ピーター」
「なんで名前を…!」
絶対に知っているはずのない名前を呼ばれて、思わず振り返った。ピーターは相手の防止から見えたその顔を見て、目を見開いた。
「…ウエンディ?」
「え!?」
「よかった…。覚えてたのね、ピーター」
「どうして君がここに…。っまさか」
「違うの!あなたたちを助けようと思って、軍に紛れて」
「どうしてそんな危険なことを」
「とりあえず話を聞いてくれる?」
「…わかった。ついてきて」
「ピーター!?」
「確かにまだ怪しいけど、ここで言い争ってたらもっと危ないだろ」
ピーターの言い分に渋々うなずきながらも、二人の後ろから武器を構えたまま
ロストボーイを付かせることにした。
「ありがとう、ピーター」
「……。」
ピーターたちとウエンディはインディアンの隠れ家に戻った。待っていた彼らは隣の上んでぃを見てすぐさま臨戦態勢に入る。
「おかえりピーター…!?なんで大人がここに!!」
「みんな落ち着いてくれ!大丈夫武器は持ってない」
すぐさま攻撃意思がないことを証明すると、少しだけ子どもたちに落ち着きが見えた。ピーターはそのまま空気が落ち着くのを待つと、ようやく口を開いた。
「…この人はウエンディなんだ」
「ウエンディ…?ウエンディってあの?」
「ええ、そうよ」
「でもなんでウエンディがここに」
「それは今から話してくれるらしい、他のみんなをここに呼んでくれ。あと、ウエンディの手を縛っといてくれ」
「え!?」
「みんなすぐには信用できないだろうからさ、ウエンディもそれでいいだろ?」
「かまわないわ」
「助かるよ。僕はティンクを連れてくる」
「わかったよ、気を付けて」
しばらくして、ぞろぞろと子どもたちが集まり、最後にピーターがティンクの入ったかごを持って帰ってきた。
「だからティンク落ち着けって。とりあえず話を聞いてからにしろ、な?」
ウエンディが話し始める間もティンクはウエンディに攻撃的でかごから出ていこうと暴れていた。それをピーターが必死になだめながらようやく静かになったところで、ウエンディが話を始めた。
「まずは、今回のことについて謝らせてほしいの」
「謝る?どうして君が」
「今回、彼らが島に来る原因を作ったのは私の弟なの」
「弟って、」
「そう、弟の一人、マイケルは今博士になっているの。かつて訪れたこの島、〈ネバーランド〉についてもっと知りたいって。でも、誰も彼の言葉を信じてくれなかったの。子供のころの妄想だろうって、まぁ、当たり前の反応よね」
「だから大人たちはここには来れない、はずなんだ」
「そう、でもマイケルは、自分の体験を否定されたことが悔しかったみたい。彼は大人になっても〈ネバーランド〉を信じていたの。だからこそ、この場所を見つけた時に、否定してきた人たちに見せつけようと考えてしまった」
「それで大人たちは〈ネバーランド〉の存在を知り、ここまできた」
「彼はただ証明したいだけだった、こんな事態になるなんて…。悪気がなかったとはいえ、弟の軽率な行為であなたたちを苦しめることになった。本当にごめんなさい」
隠れ家内に沈黙が流れる。ウエンディの言った事実は衝撃的だった。まさか、かつてここで共に過ごした仲間によって、自分たちが危険にさらされているとは。でも、ここで彼女を責め立てるわけにもいかないことは、さすがの子どもたちでもわかっていた。
「ウエンディに謝られても仕方ない。ウエンディがやったことじゃないし、謝られても仲間は戻ってこない」
「そう…よね」
「それよりも、君は僕たちに協力するって言ったよね?」
「ええ、もちろん。さすがに他国のことまでは把握してないけど。イギリスの隊の動きはわかってるの。だから、その隊からの攻撃は避けていけるはず」
果たして本当に信じていいのか、しかし、ピーター達にはウエンディの情報を信じないでやっていけるほど余裕があるわけでもなかった。とりあえず、ピーターは耳を貸しているようで、壁に背を預け話を聞いている。
「なるほどね」
「あと、私は銃も使えるわ」
「銃って大人たちが持ってるあの強力なものと同じものかい?」
「そう、あれを持っていれば、敵の戦力をより楽に削げるわ」
ウエンディはそこまで言い切ると、ピーター達の判断をうかがうように黙って俯いた。
「…君の言い分はわかった。僕は貴重な戦力としてウエンディを迎えようと思う。みんなは?」
みんなの返答に間があった。無理もないだろう、これまでの攻撃で子どもたちは心身ともに深い傷を負っている。
「でも、大人なんだよ」
「そう思うのは無理ない。見た目は立派な大人だしね。でも、中身は昔一緒に遊んだウエンディのままだ」
「……。」
「じゃあこうしよう。僕が常にウエンディと一緒にいる。監視するためにね。それならどう?」
「…ピーターが見張ってるなら、とりあえず安心できるかな」
「ピーターに何かあった時は、ティンクがすぐにぼくたちに伝えてくれるし」
「うん、それならいいよ」
ウエンディに再会できた喜びとそれを上回る戸惑いの視線がウエンディに向く。ピーターの手元にいるティンクの視線の鋭さも和らぐ気配はないが、どうにかこの場は収まったらしい。
「ありがとう、みんな、ピーター」
「ティンクもそれでいいよね。そんなふくれっ面するなよ。今日はここにいていいから、機嫌直して」
しばらく気まずい沈黙が流れたが、ロストボーイの一人がぎこちないながらも声をあげた。
「よし、じゃあ久しぶりにみんなでご飯にしようよ、ピーター」
「いいね!やろうか!」
最近は、少しでも多く奇襲しようとみんなバラバラに動いていたため、集まって食事をするのは久しぶりだった。ただ、前は隠れ家からあふれそうなくらいの人だったはずが、今はみんな広々と座れるほどとなっていた。
「おーい、デザートの木の実だぞ」
「これ食べるのも、久しぶりだな」
「やっぱおいしいなあ」
みんな暗い気持ちを少しでも追い払おうと必死に口を動かしている。
先に食べ終わったウエンディは隠れ家の外で座って夜風を浴びていた。すると、その横に静かにピーターがやってきて、同じように座り込んだ。
「ウエンディ、ほら、木の実あげるよ」
「え?でも、さっき貰ったわ」
「余ったんだ、いいから食べなって」
「…ありがとう。」
ウエンディが素直に木の実を受け取り食べている様子をピーターは黙って見ていた。それからウエンディが食べ終わるまで、無言の時間が続いていたが、ピーターがおもむろに口を開いた。
「びっくりしたんだ、ほんとうに。まさかまた会えるとは思ってなくて」
「私もまた〈ネバーランド〉へ行くなんて考えてもみなかったわ」
「それに、最初はウエンディってわかんなかった、だって、すっかり」
「大人になってた?」
「うん、年とってたから。それに変な格好だったし」
「相変わらずピーターは女心がわかってないのね。世の中の女性に怒られるわよ」
ウエンディはクスクスと笑いながら夜空を見上げた。
「ウエンディはどうして、こんな危ないときにここに来たの?」
「弟の過ちの償いにでもなればいいなと思って」
「だったら今すぐ帰るべきだ。ここは今、本当にに危ない。下手した死ぬかもしれないんだ」
「わかってるわ」
「だったら…!」
「あのねピーター、私はここで死ぬ気はないわ。死ぬわけにはいかないもの」
「そりゃそうだよ」
「弟の償いもあるんだけどね、ピーターやこの島のみんなは私にとっての恩人だから。
どうしても助けたいの」
「恩人?」
「覚えてる、ピーター?ここで私が『小さなお母さん』って呼ばれながらみんなと過ごしたこと」
「もちろん覚えてるよ、とっても楽しかった。あっという間だったけど」
「あそこでね、少し母さんの気持ちがわかったの、それにピーターを見てたら、いつまでも子どもじゃいられないなって」
「なんだよそれ、僕に対する嫌味?」
ピーターが思わずじとりとにらむと、ウエンディはクスクス笑った後、大人びた笑みを浮かべて言葉を続ける。
「違うのほんとに感謝してるの。あの時のピーターは私の内面を映した鏡みたいだったから、気づかされることがたくさんあった。今の私があるのはあなたのおかげなの」
「へぇ…」
「さっき『死ぬわけにはいかない』って言ったのは、ロンドンで私を信じて待ってくれてる人がいるからなの」
そう話すウエンディの目線の先を見て、初めてウエンディの薬指にキラリと光るものがついていることにピーターは気づいた。
「それ…」
「子どももいるの、ピーターみたいなやんちゃな子」
「……」
「あの人は初めから、私のおとぎ話みたいな話をちゃんと信じてくれていた。だから今回も笑顔で送り出してくれたの、『ただしちゃんと帰ってきてね』って釘をさされて」
この島で、こんな自分とは無関係な話をするなんて、自分は夢でも見ているのかなとピーターは心の中でつぶやく。
「そっか…。それにしても君が本当にお母さんになるとはね」
「なあに、その言い方」
「何でもないよ、そのうち君の子もこの島に招待するよ」
「あら、それは楽しみね」
「そのままここで暮らしてもらおうかなあ」
「それは困るわ」
「なんでさ」
「ピーターみたいなやんちゃな子がもう一人増えたりなんてしたら、ティンクやみんなが困っちゃう」
「馬鹿にするなよ、ちゃんとみんなのリーダーやってるんだからな!」
「はいはい」
ピーターはなぜか寂しくなりながらもどうにか言葉をつないだ。家族のことを話すときのウエンディは、目にしたことはないけど『母親』の顔をしていて、あまりにも幸せそうで、でも自分の知らない顔だった。
「そろそろ戻りましょうか」
「あのさ、ウエンディ」
「何、ピーター?」
「僕はやっぱり、大人になるのは嫌だし、大人は前よりもっと嫌いだけど」
そこで言葉を区切ったピーターは、横にいるウエンディをまっすぐ見つめて口を開いた。
「大人になっても君のことは嫌じゃないよ」
「…ありがとう」
「戻ろっか」
「そうね、あんまりあなたと一緒にいるとティンクが怒っちゃう」
「なんで?話してるだけじゃないか?」
「ほんとにそういうところは変わってないのね、ティンクがかわいそう」
「なんだよそれ!」
久しぶりの再会は終わり、そのまま一日も終わりを告げた。
『本日のニュースです。〈ネバーランド〉侵略に関して、我が国から―侵攻は順調である―という一報が届いたとのことです。しかし、依然として連絡が困難であり、届く情報はごくわずかで、政府は早急な―』
ウエンディとともに戦い始めて何日が過ぎた、彼女のおかげで撃退できる状況も生まれたが、相手の力は衰えるどころか強くなるばかりだ。この前、ついにフック船長もやられたと知らされた。船が堕とされ、海に逃げ込んだところを狙い撃ちにされたらしい。島の上で戦う者たちにも限界が来ていた。ピーターとウエンディは知らせを聞いてその場に駆け付けた。
「タイガーリリー…」
インディアンの最後の生き残りだったタイガーリリーの亡骸が横たわっていた。ついに隠れ家の場所も見つけられたらしい。ピーターは彼女の体を抱え上げると、森の奥へと進んだ。ウエンディも黙ってついていく。
「もう、さすがにいっぱいだよな」
森の奥の開けた場所にたくさんの木の棒が刺さっている。ピーターとウエンディは棒の刺さっていない場所を掘っていった。
「じゃあね、タイガーリリー」
優しく声をかけながら穴の底にそっと彼女を横たえ、土をかぶせる。
「僕たちだけになっちゃったな…」
棒を刺し終えた後、その墓標を見ながらピーターはぽつりとつぶやいた。
「ピーター…」
「みんな死んでいく…、頭に穴が開いて…!体中から血を流して、爆発で吹き飛んで…!何回この光景を見ればいいんだ!」
「……ッ」
「っなんで…!俺たちが何をしたっていうんだ!どうして!みんなが…!」
血を吐き出すような悲痛な叫びに、かける言葉も見当たらず、ウエンディはただ立ちすくんでいた。しかし、意を決したかのようにピーターに声をかける。
「ピーター、ずっと言おうと、聞こうと思っていたことがあるの」
「……なに」
「今さらこんなことをと思うかもしれないし、あなたの気を悪くすると思うけど」
ピーターは真剣な目でウエンディを見つめ続けている。
「この島から出てほかの所へは行かないの?」
「ウエンディ」
「ごめんなさい、でもずっと疑問に思っていたの。確かにここはみんなにとってかけがえのない場所。私にとっても。でも、こんなに仲間が欠けていっても誰もこの島から逃げ出そうとしない。何か理由があるのかもしれないけど、ピーター、今はあなた一人、それならティンクを隠しながらでも、隊に紛れ込んで逃げれるわ。このままじゃピーターまで」
「無理なんだ」
「どうして?」
ウエンディの疑問に対して、しばらく思いつめた表情をしていたが、ゆっくりと顔を上げ、ウエンディと目を合わせる。
「…〈ネバーランド〉にいる人は年をとらない。でもそれは、そこに住んでる人が特別なんじゃなくて、この島が特別だから。だから、この島を一歩でも出たら僕たちは普通の人間に戻る、体の止まってた時間も元通りになる」
「そんな…」
「みんなこの島に長くいたから、島を出た瞬間、大人どころかあっという間におじいちゃんおばあちゃんになって寿命が来て死んじゃうんだ。寿命が残ってても急に年をとったら体が耐えられないんだ」
「……」
「泣かないでよ、ウエンディ」
ピーターは困ったように眉を下げながら、ウエンディの頬に流れる涙を指で優しくぬぐう。
ピーターはこんなに大人びた顔をする子だっただろうか。おそらくこの戦乱の中で否が応でも成長しなければならなかったのだ。〈ネバーランド〉にいながら、子どものままでは生き抜けなくなった彼を思って、ウエンディはぬぐわれた目からまた涙を流した。
『本日のニュースです。ついに〈ネバーランド〉との通信手段が確保できるとの報告があったそうです。報告によれば、数日後に確保できる予定であり、〈ネバーランド〉侵略への一歩をいち早く踏み出せると―』
「ウエンディ早く、こっちだ」
「でもピーター、あなた腕が!」
「いいから早く!」
ついにピーターが撃たれた。ウエンディがすぐに治療をして血は収まっているが、右腕はもう使えそうにない。ピーターは剣を取り落とさないように、口と包帯を使って左手に縛り付けた。そのまま左腕で剣を構え、周囲を警戒しながら進んでいく。
「ピーター、どこに向かってるの」
「…タイガーリリーが死んで、君の言葉を聞いてから、ずっと考えてたんだ」
「何を」
「このままいけばいずれは僕もやられる、それか先にティンクの居場所がばれる。そうしたら、この島は大人たちに乗っ取られる。君なんかあっという間に殺されてしまう」
「でも私は」
「それに、それにさ、やっぱり君に人の命を奪わせるわけにはいかないと思って」
「え…」
「だって君は『お母さん』なんだもん。君を他人の血で汚して帰したら、君の大切な人を悲しませることになる。それは嫌だ」
「ピーター…」
「ごめんね、ウエンディ。実は君に隠していたことがあったんだ」
「隠していたこと?」
答えを聞こうとしていたときにピーターが立ち止まった、そこにはなんの変哲もない木があったが、よく見るとその木には扉のようなものがついていた。
ピーターはその扉を押し開け、ウエンディを引き込むと、素早く扉を閉めた。
「ティンク。大丈夫、誰も来てない?」
中はそこまで広くない空洞が広がっていて地面に置かれたかごの中で、ティンクが飛び回っていた。
「ティンク、かご開けるよ」
ピーターがかごを開けた瞬間、ティンクは飛び出し、ピーターの全身を体当たりしながら飛び回る。
「おいわかったって、ずっとほっといて悪かったよ。でもここを見つかるわけにはいかなかったし」
ティンクは右腕の部分だけは体当たりせず、静かに飛び回っていた。
「これは単に僕の不注意だから、そんな悲しそうな顔するなって」
ピーターが左手の指でティンクの頭を撫でてやると、少し嬉しそうにピーターの顔の横まで飛んできた。ティンクとのやり取りを終えるとピーターはウエンディに向かって話し始めた。
「ウエンディ、隠してたっていうのは、この島のことなんだ。この前〈ネバーランド〉にいると年をとらない話したよね?」
「えぇ…。」
「それってさ、ティンクのおかげなんだよ」
「ティンクの?」
「そう、この島全体にはティンクの魔法みたいな力がかかってて、そのおかげで俺たちは年をとらない。だからティンクの意思で力が働いている限りここは〈ネバーランド〉なんだ」
「そういうことだったのね…。でも、何で突然その話を?」
「大事なのはここから、ティンク、その力を解いてほしいんだ」
「!?」
ウエンディは自分の耳を疑った。ティンクの力を解く、〈ネバーランド〉では年をとらない、という特別な状況が無くなる。
「大人たちが争っているのは、この島が特別だから。だったら特別じゃなくなればこの島で争う必要はなくなる。そうだろ?」
「でも、そんなことしたら、ピーターは!」
「このケガじゃ僕はもう長くは戦えない、あいつらにやられるだけだ」
「だったら私が」
「さっきも言っただろ、君は人殺しなんかになったらだめだ、早く帰らなきゃ」
「でも、ピーターが死ぬなんて嫌!」
「もしも、本当にもしもだけど、このまま突然争いが終わって大人たちが帰って平和が戻っても、僕はどうしたらいい?」
「あ…」
「僕は、みんなと、楽しく、日々を送れていたからこの場所が大好きだった。だから、いつまでも年をとらず子どものままで生きていたいって思ってた。でも、今はみんないなくなって、毎日苦しくて悲しいばっかりで、でも、この島を大人たちに奪われるわけにはいかない。ティンクを奪われるわけにはいかない。だけど、僕はもう」
「ピーター…。」
「わからないんだ…。」
そうつぶやくピーターを見て、ウエンディは言葉を失う。あんなに無邪気でたくましかった少年の背中は、いつの間にか小さくなっていた。
彼を止めることは無理だ、そんな残酷なことできない。何も言葉が出てこない代わりに、涙があふれ出た。
「ティンク」
名前を呼ばれてもティンクは頭を振り乱して聞こうとしなかった。周りにこぼれる妖精の粉が涙のようにも見えた。
「なんでだよ、いつもなら僕の頼み何でも聞いてくれるじゃないか」
困ったようにピーターは笑って頼むがティンクは頑なに動こうとしない。
「君が人間の友達が欲しいからって作った〈ネバーランド〉だろ、一緒に最後まで守ろうよ」
おそらくティンクとピーターの二人しか知らなかった秘密、二人でひた隠しにしてきたものが露になっていく。
「頼むよ、ティンク。君じゃなきゃダメなんだ。君だから頼めるんだ」
なんてずるい言い方をするのだろう、そう言われてしまったらティンクは断れない。ウエンディは涙を流しながら、動かない頭でぼんやりとそんなことを思っていた。
しばらくティンクは抵抗し続けていたが、ピーターがとどめとばかりに優しく頭を撫でてやると、力が抜けたかのように抵抗するのをやめた。ピーターの右腕を労わるかのように触れると、ふらふらと飛びながら掌の上に座った。
「ありがとう。ティンク」
「ピーター」
「ウエンディ、ティンクの力が解けたらやってほしいことがある」
「ええ」
「僕の体を使って争いを止めてほしい。みんなへの見せしめとして使って。終わったらすぐに帰るんだ、島の端に一隻だけ船を隠してあるから、いいね?」
「そんなこと…!」
「そうでもしなきゃ、説得で止まる相手でもないだろう?」
「…イエッサー」
「さすが我が隊員だ。じゃあ、ティンク、頼んだよ」
彼がふざけたように返し、笑顔で告げると、ティンクの淡い光がこの空洞中、いや、おそらくこの島中を包んだ。しかしそれも一瞬のことで、徐々に光が消えていくのと同時に、ピーターの体が糸の切れた人形のように傾いだ。
「ピーター!」
慌ててピーターの体を受け止めると、すでに彼は老い始めていて、本当にあっという間に呼吸を弱めていった。あまりの変わりように目を逸らしたくなったが、最期までウエンディは彼を見届けた。
そして、握っていた彼の手が滑り落ちると、涙をぬぐってティンクに向き合った。
「ティンク、ごめんね、でも、お願い。私を飛べるようにしてほしいの」
ティンクは弱々しい光を放ちながら、ウエンディに妖精の粉をかけていく。ウエンディは枯れ枝のようになったピーターの体を抱きかかえると隠れ家の外に出た。
「!?これは…!」
ウエンディが外に出てみると、そこには荒れ果てた野原しかなかった。緑など一つもなく、そこに、想像以上の大人たちがいたが、みな今の状況に呆けている。ウエンディは彼らには目もくれずまっすぐ島の中心部に飛び上がった。途端に島がざわめき、視界の開けた島でウエンディに視線が集まる。ウエンディ自身は周りは気にせずにピーターの体を頭上高く持ち上げ叫んだ。
「この島で不毛な争いをしている大人たち!!これを見なさい!!!この亡骸を!この老いぼれた老人を!!これが、ネバーランドに住み続けたものの末路だ!!!!」
自分の声は震えていないだろうか、声をあげた瞬間に不安が湧き上がったが、すぐにピーターの願いをかなえることだけを考えて言葉を発していた。
「なんだあの抱えているものは…?」
「おいっ、あれ人だぞ」
「なんだあれ…バケモンみたいに干からびてるぞ」
「あの服装、見覚えがあるぞ」
「もしかして…あれがピーターパンか…!?」
島の大人たちが動揺しているの受けてウエンディはさらに畳みかける。
「ネバーランドの不死は消えた!!あなたたちの侵略によって!この幻の島は荒れ果てた戦場に成り下がった!この老人とこの枯れ果てた荒野がその証拠だ!!」
今まで絶えず音にあふれていたネバーランドに静寂が落ちた。疑っているものもいるのかもしれないが、今の周囲の状況、彼女が空を飛んでいること、見えているかはわからないが、彼女の横を飛んでいる見たことのない生物。この異常な状況の重なりによって彼女の言葉には大きな説得力があった。
「じゃあ、今までの戦いは全部無意味だったのか?」
島の大人の誰かが言った一言を皮切りに次々と声が上がる。
「なんだそれ…。俺はこの島は一生年とらないって聞いて来たのに」
「確かに突然枯れたし…。調査隊の報告は嘘だったのか…?」
「じゃあ、俺たちはただの無人島のために命かけてたのか…」
「騙されたってことか?ふざけんなよ」
「政府のやつら俺らをこき使いやがって」
「じゃあ、こんな場所もう用はねぇな」
ぽつりぽつりと、恨み言を吐きながら船へと向かって去って行く。
しばらくは空を飛んでいたウエンディとティンクを観察していた者も、彼女が地上に降りてから何もする様子がなかったことからどんどん立ち去って行った。
最終的には人がいなくなり、閑散とした島の上にウエンディは降り立った。
「ピーター、終わったよ。何もかも。」
慈しむようにピーターの頬に手を添えると、みんなのもとへと向かった。
ピーターを彼らと同じ場所に埋め終わるころ、ティンクはもうどこにもいなかった。彼女は島の先端にたどり着くとそこに着けてあった船に乗りこんだ。
「……さようなら。〈ネバーランド〉」
これ以降、不思議なことにこの島での戦乱は一部変わった形で、世界に伝えられ続けていく。一方で、この島を目指す者が稀に現れた、決して誰も、島の周囲にすら、たどり着くことはなかったらしい。
『本日のニュースです。ワールドカップ開催まであと数日と迫っている中、我が国は暫定で――。…速報です。先日、全世界で大規模なハッキングが起こった事件に関して、新たな情報が入りました。ハッキング被害を受けた政府の機関、企業、個人のデータの共通点が見つかったとのことですが、データが完全に破損しているため、具体的にはわからないとのことです。ただある『場所』についての情報のようですが、誰も心当たりがないことから、今後の捜査も厳しい状況にあるとのことです。次のニュースです。無人島の土地・資源等を巡る国同士の争いから半年が経ちました。未だに軍の不満は高まっており、他にも当時の政府の対応を巡って責任が問われています。本国大統領は―
それでは次の―』
END
ネバーランドやピーターパンがその後どうなったのかや、大人になったウエンディ達のことを想像していたら途轍もない展開になりました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。