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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
1.日常
9/67

1-8


 今夜も大盛況のうちに幕が下り、一日の労働を終えたショーガールたちは楽屋で祝杯を挙げていた。

設営係のアレルとジョーが周囲を巻き込んで談笑し、衣装係のイルは新しい衣装の出来に満足し、照明係のロキオがそれを褒め、楽屋は心地良い騒々しさに満ちている。

衣装を集めて回る雑務係のダズを引っ張って、あたしも賑やかな輪に加わり何度目かもわからない乾杯をした。



 キャッシュマクレーは他より店じまいが早い。

ステージは一晩に一度きり。

準備やリハーサルの都合で入りの時間は早いけれど、日付が変わる前に解放される。

一仕事終えて年頃の女に戻ったショーガールは、ライバル店を冷やかしに行ったり、カジノで散在したり、バーをはしごしたり、恋人と愛を囁き合ったりと、ポーラーの夜を満喫するのに忙しい。



 最初に店を出ていくのは新人たちだ。

裏口からそっと路地に出て、夜の街に散っていく。

それを見送ってから、あたしやマージをはじめ顔が知られているメンバーは正面口へと向かう。



 マクレーの正面口には、車一台がかろうじて通過できる程度の小さなポーチがある。

でもそれは形だけのもので、車で乗り付ける人間はほとんどいない。

様々な店を見て回るのもポーラーの醍醐味だからだ。

マクレーは、ビルに囲まれた狭い土地に、形だけは立派な劇場を模している。

品のいい庭木だけを選んで植えられた小さなポーチ、それなりに天井の高いロビー、見せかけ程度の薄い塀。

けれどホール内は設備が整っていて、よその店の邪魔をしない防音や、クリアな音質の音響装置、様々な角度や色遣いでステージを照らせる照明は質のいいものだとロキオが言っていた。

小さな土地の中に、どれだけの可能性を閉じ込められるかを試したような場所だ。

キャッシュマクレーは、支配人とマージの思いが詰まった宝石箱なのだ。



 マクレーでは、ショーが終わった後、ガードマンが立った状態でのみお客のたむろを許していた。

公演後、ショーを見にきた男たちの一部はポーチに残り、お目当てのショーガールが出てくるのを待つ。

腕っぷしに自信のあるアレルとジョーがガードマンである手前、みんないい子のふりをしているからそこまでの騒ぎにはならない。

男たちは、贔屓の女の目を引こうと様々な贈り物を用意する。

下心がある者もない者も、プレゼントを渡したいという名目で集まってくるのだ。

そんな男たちをあしらうのも仕事のうちだった。



 最初に正面口から出ていくのは、顔が売れ始めたショーガールだ。

定着し始めたファンから声が上がるけれど、まだ夜の静寂を壊さない程だ。人気が高いショーガールが出る度、歓声は大きくなっていく。



 あらかたの女の子が外に出て、残るはあたしとマージだけになった。

当然、最後に出て行くのはマクレーの看板、マージだ。

「それじゃあお先に」と目配せして、あたしは気取ってドアを押し開けた。



 後ろ手でドアを閉めて小さくお辞儀をすると、我先にと寄ってきた男たちにあっという間に囲まれた。

トラブルが起きた時に備え、ガードの二人や遅れて出てきたマージ、他の子たちの位置を把握してから、あたしは談笑を始めた。



「今夜も見に来てくれてありがとう。お会いできて嬉しいわ」

「こんばんはクルト。君は今夜も一際輝いてたよ。目が離せなかった」

「僕が最前列にいたのが見えたかい? 何度も目が合ったね」

「今夜も最高だった。君以上の女性はいないよ」



 一斉にかけられる言葉を全て聞くことはできない。

目に付いた男から順に話をしていくけれど、その間も他の男たちは強引にあたしの目を引こうとする。

一つ一つに愛想よく頷きながら、差し出される贈り物を受け取っていく。



 疲れた身体を早く休めたいと思っていても、決して顔には出さない。

どさくさに紛れてお尻を触る手を叱る時も、強い言い方はしない。

愛想よく、笑みを絶やさず、向かい合っている自分だけが好かれているのだと錯覚させる。

男たちに囲まれている間、あたしはショーウィンドウに飾られている品のいいマネキンのように表情を崩さない。



 くるくると愛想を振りまくあたしの腰を、馴れ馴れしく引き寄せた手があった。



「クルト、クルト。今夜も最高だったよ。こんなにいい女、世界中のどこを探してもいやしない」



 声のした方を見ると、見覚えのある男がにんまりと笑みを浮かべていた。



「聞いたことのある声がしたと思ったら、あなたね」



 その男は毎晩のように現れる常連の一人でぼんやりと記憶にあった。

ただでさえ大きな目をめいっぱい見開いて、どんな言動も動作も見逃さないとでも言うように熱烈に視線をよこす男だ。

爽やかな印象の香水をつけているものの、服や身体に染み付いたタバコのにおいと混ざり合い、いつも悪酔いしそうなにおいを残していく。

親しみを込めて微笑み返しても、あたしはその男のことをほとんど知らなかった。



 気付けば、あたしを取り囲む輪は二重にも三重にもなっていた。

ステージに立っていた女を一目見ようという軽い男もいるけれど、大半が毎晩のように顔を出す常連客だ。

安くもない贈り物を用意して飽きもせずに通う目的はただ一つ、あたしと親密な関係になる為だ。



 談笑を終えたショーガールが、一人、また一人と暗がりに消えていく。

寄り添う相手が恋人なのかどうか、あたしにはわからない。

いつも同じ男と腕を組む子がいれば、定期的に相手を変える子もいた。



 ちらりとマージの方へ目を向ける。

獲物を奪い合うような雰囲気のあたしの輪とは異なり、マージの方は今夜も平和だ。

常連客同士仲が良く、マージを真ん中にして楽しそうに談笑している。

血の気の多い自分の輪を眺めて、なんとも言えない気持ちになる。

でもそういう風にしたのはあたしなんだから仕方がない。



 取り巻く男たちとは大方言葉を交わした。

贈り物を掲げる腕もなくなった。

そろそろいい頃合いだ。

あたしが周囲を見渡したことに数人の男が気付き、アピールを強めた。

品定めをしている風には取られないよう、かけられる声に反応しつつ、タイミング良く伸びてきた手をきゅっと握った。



「来てくれてありがとうダーリン。今夜の予定は決まってる? よかったら一緒に過ごせないかしら」



 選んだその手は、タバコと香水のにおいがする男のものだった。

あたしは意図してその手を選んだわけじゃない。

ちょうどいいところに、掴みやすい角度でその手があったから。ただそれだけの理由だった。



 男は笑みを深め「もちろん」と答えた。



「すっかり身体が冷えちゃったわ。ねぇ、なんとかしてくれる?」



 アルコールやスープで温まりたいという要望だったけれど、男は違う解釈をしてきつくあたしの肩を抱いた。

調子のいいその態度に気を悪くしたりしない。

あたしが何を言っても、男たちは都合のいいように捕えてしまう。

そしてその想像は、あながち間違ってもいないのだ。



 今夜の連れ合いが決まったことで、あちこちから落胆の声が聞こえる。

けれど選ばれなかったことに不満を言う男はいない。

次の夜こそはと切り替えて、ピンクネオンのまたたくストリップエリアにでも繰り出すのだろう。



 門から出る前にちらりと振り向くと、マージが物言いたげな顔でこちらを見ていた。



 心配ないわ。深入りはしないから大丈夫よ。



 安心させるように小さく頷いてみせてから、あたしは今夜の恋人の腕に絡まった。



 あたしは固定のパトロンは作らない。

そんなことをしなくても、周りには懐の潤った鼻息の荒い男が大勢いたし、そこそこの金なら自分で持っていたから必要なかった。

だからあたしはその時の気分で男を選び、一夜限りの恋人ごっこをする。



 あたしが男に求めるのはただ一つ。

それなりに楽しい夜を過ごさせてくれることだけだ。

見た目や体格、性格や言動がどうだろうと気にしない。

相手を決めたら、付き合いたての恋人同士のように「あなたといられることが嬉しくてたまらない」というように振る舞う。

そうすれば緊張で身体を固くしている男も、じきに心を開いてくれる。



 選んだ相手がどれだけ楽しい夜をくれたとしても、あたしは同じ男は二度選ばないようにしていた。

二度、三度と声をかけて執着されたら厄介だし、関係が深まればトラブルも生まれやすくなる。

それに同じ相手との夜が増えると、夜毎あたしを待つ男をさばききれなくなってしまう。



 贈り物の大きさとか、来てくれた回数とか、熱心に口説いてくれたとか、そういう小細工には一切目を向けない。

その時のタイミングだけで、あたしは夜の連れ合いを決める。

特定の相手を持たず、情を移さず、一夜限りの関係をそれなりに楽しむ。

そう割り切ってしまえば大体のことは気にせずにいられた。



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