1-6
タバコのにおいを夜風で落として戻った楽屋は、ラストステージ前の慌ただしさに満ちていた。
様々な音や声が混ざり合い、顔をしかめてしまう程の騒々しさだ。
あれが見当たらない、これが壊れたという声が飛び交う中、端の方では新米が緊張で身体を固くし、支配人はあちこちに指示や励ましを飛ばしている。
喧噪の波間を縫ってうまく滑り込んだのに、すぐに首根っこを掴まれた。
「見つけたよ。今まさに屋上までお迎えを出そうとしてたところだ。あんたが仕事をおざなりにする女じゃないことは知ってるけど、それにしても時間ギリギリだよ。もう少し余裕をもって戻って来いっていつも言ってるだろう」
あたしを手荒に扱える人間なんて一人しかいない。
身動きがとれないまま首だけ捩り、しかめ面のマージを見上げた。
「ごめんなさいマージ。ちょっとアクシデントがあったのよ」
「アクシデント? うちに響くことかい?」
「いいえ、マクレーは大丈夫。でも裏の店は今頃きっと揉めてるわ」
言い訳をしないあたしを見てマージは手を離した。
それでもまだ話は終わっていないらしい。
じっとりとあたしに向けられた視線が離れてはくれない。
「うちに被害が出ないなら一安心だ。でもあんたが危ないことに首を突っ込むのは見過ごせないね」
「あら、あたし首なんか突っ込んでないわ。黙って裏通りの恋模様を眺めてただけよ」
「茶々を入れるんじゃない。面倒事には近付くな、見て見ぬふりをしろっていつも言ってるだろう。あんたの姿が見えなくなる度に、厄介事に巻き込まれてるんじゃないかと心配してる私の身にもなってくれ」
ここで「ごめんなさい」と反省した顔の一つでも見せれば、マージのお説教はすぐさま終わる。
けれどあたしは、そんな飼い慣らされた犬みたいなことはできない性分だった。
胸を張って、満面の笑みを浮かべる。
「安心して。あたし、そんなにやわじゃないわ。トラブルに巻き込まれそうになってもちゃんと逃げきってみせるわよ。あたしが弱い女じゃないこと、マージはよく知ってるでしょ?」
「そりゃあ知っているとも。あんたが、暴漢なんか一人で撃退してしまえる程に気が強いってことはね。それでも万が一ってことがあるだろう。あんたから目を離さず屋上までついていきたいけど、あいにく私もそこまで暇じゃないからね」
「勘弁してよ。いくらあたしのことが好きだからって、四六時中くっついていられちゃ肩がこるわ。マージの目が光っているからこそ安心できているのは事実だけど、自由に動き回れなくて困ることもあるのよ」
「嘘をつけ。何度注意しても勝手なことばかりしてるくせに」
言い合う私とマージを見て仲間たちが笑う。
あたしたちはよく、本番中の楽屋でわざと口論をする。
いつもと変わらない日常のワンシーンを見せることで、仲間の緊張がほぐれるのを知っているからだ。
「ほら、今夜のフィナーレに向けて気を引き締めるんだよ。足を引っ張ったりしたら給料が減るよ」
「ああ怖い。マージ姉さんは今夜も横暴だわ」
大げさに身体を震わせるあたしのお尻を叩き、マージは新米に声をかけに行った。
ハンガーラックから自分の衣装を抜き取り、鏡の前で身体に当てる。
他のショーガールたちとコンセプトが揃ったそれは、あたしとマージのものだけ一際豪華に装飾されている。
くるぶしが隠れる程のロングスカートのマージの衣装と違い、あたしのは胸にも腰にも大胆な切り込みが入っている。
ショーガール一人一人の特徴を生かし、うまく引き立てるように作られている。
楽屋の照明の下でも魅力的に瞬くそれをイスの背にかけ、あたしは今着ているドレスのファスナーを下ろした。
*