5-14
翌日からまたステージに上がるあたしを気遣い、ホワイトマンは日が暮れる前にあたしを送ってくれた。
暗くなる前にお家に帰るなんて子供じゃあるまいし、と言ってみたけれど、生真面目なお友達は聞いてくれなかった。
夜の気配が漂い始める夕方の空気は既に冷え切っていて、胸いっぱいに吸い込むと鼻の奥がつんと痛む。
こんなに素直な気持ちで夕暮れのにおいをかいだのはいつ以来のことだろう。
整備された街路樹しか植物がない街なのに、夕焼けには野焼きのにおいが微かに混ざっている。
無性に胸がざわついて、吸い込んだ空気を胸が空になるまで吐き出した。
他愛のない話をしているうちにあっという間にアパートに着いてしまった。
時間をかけて支度をして部屋を出たのが、ついさっきのことのように感じられる。
この休日が終わってしまうのが惜しくて、もう少しだけ話をせがむ。
「今日はありがとう。とても楽しかったわ。新しい店を探しに行く時は、また連れて行ってもらえる?」
「喜んで。どうぞよろしくお願いします。しかし、こんな年配があなたのような女性を独占してもいいものかどうか」
「またそんなことを言ってる。あなたは何も気にしなくてもいいの。だってあたしは、お友達との街歩きを心底楽しんでいるんだもの。あたしとあなたが一緒に歩くことに何か思う人がいても、口を挟ませたりしないわよ」
今日一日で、ホワイトマンとの距離が近くなったようで、調子に乗って生意気な態度をとる。
それを汲んでホワイトマンも肩をすくめ、少しだけ砕けた口調で言った。
「それは頼もしいことです」
軽口も生意気な口調も、ホワイトマンは上手に拾って返してくれる。
これがあたしより長い時を生きてきたことの証なら、あたしに上手な会話ができるようになるのはまだまだ先の話だ。
「明日もステージを見に来てくれる?」
「ええ。いつもの席で、あなたを見ています」
「あたし、ステージ上からあなたを探すわ。あなたの一張羅は目立つから、暗闇でもすぐ見つけることができるのよ」
とっておきの自慢話を聞かせる口ぶりでおどけて言うと、ホワイトマンは小さく声を上げて笑った。
今日の買い物であたしが買ったのは、チョコレートとフィナンシェとキャンディ、そしてガラスの小鳥だ。
ショーケースの中で輝いて見えたものたちを早く袋から出したくてそわそわする。
ブランドショップで買い物をした時ですら、気持ちはこんなに高揚しないのに。
手を振り合ってホワイトマンと別れ、部屋に帰って真っ先にガラスの小鳥を取り出した。
出会った時と同じように、リビングの出窓にそっととまらせる。
小鳥は店よりずっと高いところから、夕日の色に染まってたなびく冬の雲を見上げている。
「いつか自由に飛べるといいわね」
冷たい感触の頭を指で撫で、呟く。
澄んだ目をした小鳥は、返事の代わりに静かに身体をきらめかせた。
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