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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
5.デート
66/67

5-13


「あたしは自分が、クルトっていう名の商品だと思ってるの。

マクレーにいる時も、マクレーを出てからも、あたしは男たちにとってそれなりに価値のある商品なのよ。

だから笑顔を絶やさず、要望にノーとは言わず、ご機嫌な顔をしているわ。

あなたが気に入ってくれているのも、そういうあたしなんだと思う。

でもね、本当のあたしはそうじゃないかもしれない。

たとえば、穏やかなあなたでも眉を顰めるくらいじめじめした性格をして、少しも笑わない女かもしれないのよ。

本来の自分をひた隠しにしているのはね、そんな女が誰からも好かれるはずがないって知っているから。

本心で接したせいで、それまであたしに良くしてくれていた人がみんないなくなっちゃったら悲しいから、誰にも見せないようにしているの。

自分で言うのもなんだけど、あたし、とても面倒な女なのよ」



 自虐的にならないよう、でも吐き捨てる言い方で、首を傾げてみせる。



「だから、あたしはあなたが向けてくれた言葉に、同じものを返してあげられないの。だって、あなたはあたしのことを、ほんの上辺しか知らないんだもの」



 黙ってあたしを見つめるホワイトマンに、今度はちゃんと熱を込めた微笑みを返す。



「なんてね。突然こんなことを言われても困るわよね。でも、さっきのあなたの言動には、本当にびっくりさせられたのよ。だからおあいこにさせてね」



 我ながら卑怯な牽制だと思った。

心の影をちらりと見せておきながら、ここから先には踏み込めないのだという線をしっかり引く。

でも、心のバランスを保つためには必要な線引きだった。

どこが境界線なのかはっきりさせておけば、あたしも色々とやりやすいから。



 ホワイトマンは目を細め、しばらくの間黙っていた。

どんなことを考えているのか、その表情から読み取ることはできない。



 嫌われちゃったかな。

そりゃそうよね。

こんなことを聞かされたら、誰だって近付きたくなくなるわ。

でもそれを責める気はない。

これはあたしの、一種の防衛手段だ。

これでホワイトマンが離れていくのだとしたら、自分で自分を守ることができたとあたしは喜ぶべきなのだ。



 さて、話も区切りがついたことだし、そろそろ帰ることになるのかな。

今日はなかなか楽しい休日になった。

そのことは、あなたに深く感謝したい。



 風が冷たくなってきたし出ましょうか、そう言おうとしたあたしを、ホワイトマンの言葉が引き留めた。



「あなたの内面を、私は知ることができないでしょうか」



 立ち上がろうとしていた足から、力が抜ける。



「内面?」

「はい。

あなたは今、上辺しか知らないからと言いました。

仰る通りです。私はあなたのことを、今日ようやく知り始めたのですから。

おこがましいことだとはわかっています。ですが、私はあなたの内面を、その明るさの影に隠れた部分を、知りたいと思ってしまうのです」



 真剣な表情でホワイトマンが言う。あたしはそれに、言い返さずにはいられない。



「なぜそんなことを思うの? もしかして、あたしに取り入ろうとか、そういうことを考えてる?」

「そんな回りくどいことを考えている余裕はありません。ただ、あなたのことをもっと理解したいと思うだけです」



 まさか。

そんなことを言われるとは思ってもみなかった。

驚きのあまり、境界線が揺らぐ。



「どうしてそこまで、あたしに寄り添おうとするの?」



 その問いには、さっき聞いた答えが返ってきた。



「あなたのことが、好きだからです」



 屈託のない笑みでそう言われ、根負けしてしまった。

この人には、あたしの気持ちは伝わらなかったのだろうか。

あたしはあなたにも、幻滅されたくないと言ったつもりなのに。



「断っても、あなたはまたあたしに会いに来てしまうのかしら」

「ええ、おそらく。あなたに拒絶されない限りは」

「あなたって結構執念深いのね。知らなかったわ」

「はい。実は、私も知りませんでした」



 そう言って、ホワイトマンはいたずらめいた顔で笑った。



 湯気が薄くなった紅茶を注ぎ、喉を潤す。

フルーツと砂糖がうまい具合に合わさって、心までほんのり甘くなる。



「申し出はありがたいけど、いきなりすべてをさらけ出すことはできないわ。そもそも時間を割いてもらったところで、期待に応えられるかどうかもわからない」

「もちろんです。そんな義務的なものではなく、自然と知っていくことができたなら」

「そうね、強引に詰め寄られたらかえって見せたくなくなっちゃうものね。だったら、どうしたらいいかしら」



 顎に手を添えて考えるそぶりを見せていたホワイトマンが、あたしの顔色を窺うように小さく言った。



「友達という間柄であれば、おかしな遠慮や探り合いをする必要はなくなるのではないでしょうか」

「友達! あたしたち、友達になれるのかしら」

「ええ、きっと。まさに今、楽しくお茶を飲んでいる最中です。差し支えなければ、この関係の延長を友達と呼ばせていただけると幸いです」



 確かに友達という定義に当てはめてしまえば、気兼ねなく一緒にいられる。

誰に怪しまれても後ろめたいことはないし、何より自分自身に言い訳をする必要がなくなる。



「友達か。いいわね。あたし、異性の友達って初めてよ」

「私もです」

「では、改めて。あたしの友達になっていただけないかしら」

「こちらこそ。ぜひよろしくお願いします」



 ホワイトマンは、背筋を伸ばして頭を下げた。

見とれてしまうほどにきれいな一礼だった。

そんなに礼儀正しいお辞儀、あたしにはできない。

真似事はできても、どこか演技が混ざってしまう。

ホワイトマンのは、長い間真面目に生きるうちに身についたもの。

あたしのは上っ面の礼儀にすぎない。

自然な動作でそんな所作ができるホワイトマンを見て、素直に羨ましいと思った。



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