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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
5.デート
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5-11


 ホワイトマンはティースプーンでミルクティーに円を描き、砂糖代わりに置かれているメープルシロップを注いだ。

シロップが細い線を残して、カップの中の渦を静めていく。

そこへ視線を落としたまま、ホワイトマンが口を開いた。



「この街には、数えきれない程の人間がいて、同じく数えきれない程の生活があります。

まったく同じものは一つとしてありません。

毎日決められたリズムで生活する人がいれば、夜をめいっぱい楽しむことでバランスを保つ人もいるでしょう。

私には私の朝があり、あなたにはあなたの夜があります。

異なる生活をしてきた人間が、縁あって今、こうして同じ昼を過ごしている。

私には、それで十分だと思えます」



 薄汚れたあたしは、ホワイトマンの見解をきれいごとだと思った。

正しいとも間違いとも言わず、今この時だけを見つめようとしている。



「あたしがこの街にそぐうとも、そぐわないとも言ってくれないの?」



 思わず試すような物言いになってしまった。

ホワイトマンはそれに萎縮することなく、あたしをまっすぐ見つめて言った。



「ポーラーナイトにいてもホワイトナイトにいても、あなたはそこに染まって見えます。

この街に限ったことではなく、どんなところにいたとしても、その場所に適した振る舞いができることでしょう。

そんなあなたの器用さは素晴らしいものです。

この街でのあなたもとても素敵ですが、他の場所に染まるあなたも見てみたいと思ってしまいます」



 そう言って、ホワイトマンは微笑んだ。



 やっぱり、決定打となる一言は言わないのか。

あたしが求めることをはっきりと言及しない姿勢を、逃げだといえないこともなかった。

でも、身体のどこかで息を潜めている清らかなあたしが、その言葉をとても喜んでいるのを感じた。

たとえば急に早くなる鼓動や、息苦しさを感じる程に細くなる呼吸から。



 白黒はっきりつけたがるあたしが吐き出しかけた不満の溜息を、清らかなあたしが笑い声に変える。

あの時と同じだ。

次々湧いてくる笑いに身を捩った、最初のドライブの夜と。

やわらかな空気が、身体の中心を抜けていく。



「あなたはあたしが何を言っても、何をしても甘やかしてくれるのね」

「さすがに、人のものを奪ったり子供を泣かせていれそういうわけにはいきませんが、あなたはそんなことをしないでしょう」



 珍しい軽口に、また笑いが込み上げる。



「ありがとう、ジェントルマン。そうね、太陽が沈む前から夜の話がしたいなんて、気が早いわよね。つまらない話をするところだったわ。ごめんなさい」



 他の話題に移ろうとするあたしを、ホワイトマンはもう少しだけそこに留める。



「あなたが私の話に退屈しないと言ってくださったように、私があなたの話に退屈することなどありません。

もし、また誰かに聞かせたいような話や、意見が欲しいことがあれば、ぜひ教えてください。

楽しい話題はもちろん、それが一度話して終わりにしたいようなものだとしても。

人の気持ちは日々移ろうものです。

誰にも触れさられたくない出来事があれば、懐かしい思い出のふたを開いてみたくなる夜もあるでしょう。

もしそのお相手に私が釣り合うようでしたら、なんなりと声をかけてください」



 心の底から心配しているような顔で、ホワイトマンは少しも照れずにそう口にする。

そのことに、改めて驚いた。



 あたしはそれなりに場の空気を読むことができる。

相手の返答や表情、相槌や沈黙の間なんかを判断材料に、あたしが発した話題に興味を持っているのかどうかを嗅ぎ分けてきた。

あたしが何かの拍子にぽろりと感傷的なことを言った時、過去の男たちは大袈裟に励ましてきた。

そういうことは気にしない方がいいとか早く忘れた方がいいとか適当なことを言われ、欲しくもない酒を飲まされた。

中にはあからさまに「面倒だ」と顔に出す男もいた。

明るく励ましてくれる男には同じように明るく返し、湿っぽい話を嫌う男にはさっさと違う話題を提供した。



自分をコントロールできているつもりでも、所詮二十年ちょっとしか生きていない人間だから、ふとした時に気持ちがこぼれる夜もある。

うっかりそれを出してしまった日は、男と別れてから反省するようにしていた。

ポーラーを住処にしているあたしと違い、ここを訪れる男たちは日常から解放されることを望んでやってくる。

それなのに夜の住人であるあたしが、男たちと同じように日常に疲れたようなことを言ってはいけないのだ。

男たちは、あたしに一方的な理想を押し付ける。

からりと明るくて抱き心地のいい、後腐れのない大人の女性だ。

期待されるとそれに応えたくなる性分だから、求められることにはできる限り応じてきたつもりだ。

あたしとしても、感傷にずかずか踏み込まれることは望んでいなかったから、男たちとの関係性に不満はなかった。



 それなのにホワイトマンは、面倒事にわざわざ手を伸ばそうとする。

最初に声をかけてくれた夜も、荷物運びを買って出てくれた。

マクレーには清純な外見の子やおとなしい性格の子もいるのに、一筋縄ではいかないのが目に見えるあたしに毎晩会いに来る。

あたしが今まで男たちにしてきたお礼を受け取ろうとしないこの人に、あたしは何をしてあげられるのだろう。



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