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ホワイトマンは、あくまで落ち着いてミルクティーを楽しんでいるように見える。
でもそれが見せかけであることははっきり見抜くことができた。
動作の端々、指一本の動かし方や唇からもれる吐息、眉間のしわの具合など、そこかしこからぎこちなさが見え隠れしているからだ。
あくまで自然な様子を取り繕ってはいるけれど、動揺が晴れないのが見て取れる。
必要以上に通りを眺めて、街の喧騒にその身を溶かそうと努力しているのがばればれだ。
ホワイトマンが言いかけた言葉が気になってしまう。
続きを聞かせてよ、と念を込めて見つめてみても、視線を逸らされているせいで受け取ってもらえない。
決意の糸が切れてしまったのだろうか、ようやくまとまった思いをその胸へしまい込もうとしている。
そんな風にすら思えた。
飲み物が運ばれてきていなければ、ホワイトマンは何と言っていたのだろう。
だらしないあたしへの説教とか、同情とか、もしかしたら若干の軽視も含まれたかもしれない。
あとはなんだろう。
案外ストレートにあたしの夜を知りたがったりして。
……それはないか。
シュガーポットに添えられた小さなトングで、カップの中に角砂糖を落とす。
正方形を保っていた砂糖はたちまち角をなくし、紅茶の中に透明な揺らぎを見せながら小さくなっていく。
このまま互いにだんまりと押し黙って紅茶を楽しんでいるうちに日が暮れ始めて、あたしたちは帰路につくのかもしれない。
ホワイトマンがあたしを誘ってくれたのは明るいうちだけだ。
ここを出たら、「今日は楽しかった」なんてありきたりな挨拶をして、別々のところに帰るのだ。
この人は、いずれいなくなってしまう男だ。
この休暇を終えたら、またあたしの知らない遠いところまで、魅力的な品物を求めて旅に出る。
そしてもう、二度と一緒に出掛けることはない。
さっきホワイトマンが言った、初めての店に入る時の心構えの話を思い出す。
この機会を逃したら、ホワイトマンと会える保証なんてどこにもない。
今夜突然この街を出ることになった、という可能性だってないわけじゃない。
気になっている対象が店なら、閉店してからも多少は探ることはできる。
でもそれが名前も知らない相手だとしたらどうだろう。
あとで「あの時の言葉の続きをやっぱり聞きたい」なんて思っても、連絡の取りようがなくなってしまう。
もやもやした気持ちを引きずらないためにも、聞いておいた方がいいかもしれない。
知らない店に初めて入る時とは比べ物にならないくらいの緊張が、指先に走る。
たとえ上辺だけだとしても、平静を装っている相手に自分から切り込むのには勇気がいった。
なんて言って切り出そうか。
さっきなにを言おうとしたの? 続きを聞かせて?
自然な顔をしてそう問いかければ、案外かんたんに答えてくれるかもしれない。
でも、最初の一言がなかなか出てこない。
そうだ、言葉を引き出すきっかけが思いつかないのなら、こちらから仕掛けてしまおう。
肉食獣のクルトの顔で、聞きたいことを引き出せばいい。
冷えた指先を温めようとティーカップに手を添わせ、紅茶に視線を落とした。
手の振動で、カップの中の琥珀色がせわしなく揺れる。
心の中でゆっくりと三つカウントダウンしてから、口を開いた。
「あたしね、ポーラーの女になろうって考えた夜、それなりの覚悟を決めたの。
この身体一つでやっていかなくちゃならないんだから、かんたんには弱音を吐かない。
自分の行動には責任と自信を持って、後で思い返した時に絶対に恥ずかしく思わないようにしたかった。
そりゃあたまには、自分のことが情けなくなったり空しくなることだってあるけど、それもひっくるめてのあたしなの。
そうやって強く構えてるから、どんな指摘を、どんな言葉でされたって動じないつもりよ」
ホワイトマンは視線を上げて、あたしの次の言葉を待っている。
そこには急かす様子も圧迫感もない。
さっきあたしがしたように、急いで言葉を求めない。
そのおかげで落ち着いて話を続けられる。
「あなたは少なからず、あたしの夜の過ごし方を想像したことがあるでしょう?
あたしが補足をしなくても、たぶんそれは外れていないと思うわ。
あたしはあなたが考えた夜や、場合によってはそれ以上の夜を、数えきれない程に過ごしてきたの。
あなたがあまり得意ではないことに、平気な顔で踏み込んでいく女なのよ。
そんなあたしは、あなたの目には一体どんな風に映っているのかしら」
ポーカーフェイスが下手で、あたしの言葉をすぐ真に受けてしまうこの人なら、ありきたりな言葉で慰さめたりしないと思った。
あたしは自分の生活を恥じていない。それは事実だった。
開き直ってそう言っているのではなく、自分の夜がはしたないものであるとちゃんと理解しているつもりだ。
一晩共に過ごした男も、夜が明けてしまえばあたしをただの尻軽女だと考えているかもしれない。
たとえ後になってそう思われたとしても、一向に構わなかった。
その男を一晩かけて愛したのは本当のことだし、あたしも次の夜には前の晩の恋人の顔なんて少しも思い出せなくなるのだから。
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