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ホワイトマンが向かう方向に爪先を向け、あたしたちは並んで歩き出した。
気取って歩く一人の休日と違い、今日は隣に人がいる。
一緒に歩く人に腕を絡めず歩調を合わせるのは久しぶりで、始めのうちは空いた手をどうしていいのかわからなかった。
だんだんホワイトマンの歩幅を知り、歩き方も様になってくると、通りに並ぶ店に目が行くようになった。
ホワイトマンは秘密の小道を見つけるのがうまく、しょっちゅう足を止めては細道にあたしを連れ込んだ。
こんな道の先に何があるの? と思っても、あてもなく歩くうちにこじんまりとした店が見えてくるから驚いた。
あたしが行きつけにしているブランドショップと比べると、ミニチュアみたいに可愛らしい店構えで、その一つ一つに興味を惹かれた。
イーゼルに立てかけた黒板に書かれたランチメニュー、山積みになった本に隠れている古書店、どこからともなく漂ってくる香ばしいコーヒーのにおい、三人も入れば身動きが取れなくなる小さなキャンディショップ。
ホワイトマンが興味を持った店のすべてに、あたしも胸を躍らせた。
ホワイトマンよりも長くこの街にいるくせに、ほんの一握りの店しか知らなかったことを、この時初めて知った。
あたしの街歩きはいつも同じパターンで、用事がある店に向かってせかせかと歩くだけだった。
目的の店はどれも大通りに面し、人通りも車通りも多かったから、つんと鼻先を持ち上げて歩くようにしていた。
金をかけて自分を磨くことは、ポーラーで生きる女のステータスだ。
最初のうちこそ背伸びをして店に入っていたけれど、顔を覚えられ上客扱いされるうちに、居心地の悪さはなくなっていった。
そういう店の人間との会話に上がるのは、流行している場所、物事、食べ物の話題だった。
おかげで、有名人が買い物に来たとか、雑誌に取り上げられたとか、ある一定の評価をされた店には詳しくなった。
自分で歩かなくてもそれなりの店を知ることができるのは便利だったけれど、話題になるところはどこも似たり寄ったりのように見えた。
ホワイトマンが行き当たりばったりで見つけ出す小さな店は、店主好みに装飾されているから一貫性がない。
白に統一された店、ワイヤーや照明のコードがむき出しの店、天井まで商品が山積みになっている店、ルールに縛られず自由なところが面白くて、一軒一軒時間をかけて見て回った。
「こんなにじっくり街を歩いたのは初めて。
ホワイトナイトに来るのは用事がある時くらいだから、街を眺める必要なんてなかったもの。
あたし、有名な店の料理の味なら大体知ってるわ。
でも自分で店を探したことなんてなかった。
あなたはすごいわね。初めてのところにも、平気な顔で入っていって。
知らない店に飛び込むのって、とても緊張しない?」
ホワイトマンは驚いた顔で言った。
「ステージに慣れているあなたでも緊張するんですか」
「当然よ。ステージに上がっている時は仕事中ですもの、怖がってる暇なんかないわ。こう見えてもあたし、プライベートでは至って普通の女なのよ。元々のあたしはそんなに図太くないの」
「すみません、そういうつもりでは」
繰り返し謝ろうとするホワイトマンに「怒ったんじゃなくて、こういう言い方になるのは昔からなの」と弁解した。
「私も、知らない店に入る時はとても緊張しますよ。あなたもそうだなんて、なんだか心強いですね」
「そういう時、あなたはどうやって緊張をほぐしてるの?」
「そうですね、ちょっとした心構えをしてから、できるだけ頭の中を空っぽにして店のドアを押し開いています」
「どんな心構え?」
「この機会を逃したら、ここにはもう二度立ち寄ることができないかもしれない、そんな風に考えるんです。
すると少しだけ勇気が出て、気が紛れます。
旅先では更に強くなれます。非日常的な空気に、かんたんに酔ってしまいますから。
その二つがあれば、私の心は鈍くなって、大抵の店に入ることができます。
また機会があるかもしれないと次に回すよりも、気になったその時に飛び込んでしまった方が、後悔せずに済むと思います」
納得してこくこくと頷くあたしの前に回り込み、ホワイトマンは微笑んだ。
「あなたの知らない場所が減るように、これから私の気に入っているところへご案内します。一度行ったことのある場所なら、二度目も平気でしょう?」
ホワイトマンはあちこち歩き回り、あたしに色んなものを見せてくれた。
手入れが行き届いた小さな花壇、犬の形をした看板、誰かが落として割れたビスケット、それを見つけて降りてくる鳩、路地裏に住む野良猫の親子、小さな噴水の広場、飛沫が上がる度に見える部分的な虹、優しい日差し、穏やかな光景。
一つ一つが新鮮で、あたしは目が回る程にせわしなく辺りを見渡した。
街歩きの途中、小さな雑貨店を見つけた。
ホワイトマンもまだ立ち寄ったことがないというその店は、店内の真ん中に置かれた平テーブルや壁の棚に、所狭しと日用雑貨やアクセサリーが並んでいた。
通りに面した小さな出窓がショーケースの代わりなのか、そこにもいくつかの商品が置かれている。
その中に、透き通った目で空を見上げるガラス細工の小鳥がいた。
腰を屈めて視線を合わせる。
覗き込む角度や光の加減で、その身体に日差しが差し込み、ちかちか瞬いて見えた。
中を見てもいい? という問いかけにホワイトマンが頷いたのを確認して、店のドアを押し開いた。
頭上で涼やかなベルが鳴り、レジスターの前で帳簿に目を落としていた年配の男性店員が顔を上げた。
「いらっしゃい」
「こんにちは。出窓の小鳥に呼ばれて入ってきちゃった。とてもきれいね」
「ありがとう。あれは元々つがいで仕入れたものだったんだけど、一羽だけ先に売れてしまったんだ。それ以来、行き交う人を熱心に見ては、連れ帰ってくれる人が現れるのを待っているんだよ」
片割れを失ったつがいの小鳥。
そんな風に言われたら、置いて出るわけにはいかなくなった。
「あたしが連れて帰ったら、あの子は喜んでくれるかしら」
「もちろん。残ってるのはメスだけど、あなたみたいなきれいな人に連れていってもらえたらきっと喜ぶよ」
一羽になっても諦めず、つがいの相手を待つ小鳥。
かわいそうで、とても愛おしい。
あいにくあたしも一人きりなの。
よかったら、あたしのところに来てもらえないかしら。
ガラスの小鳥は何も言わず、身体中をきらきらさせるばかりだ。
こちらに目もくれずに外を見つめる小鳥に、大切にするから連れ出すことを許してね、と心の中で声をかけ、そっと手に取った。
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