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ドアの開閉音を聞いて、律義に裏通りの端で待っていたホワイトマンが顔を上げた。
すぐにそちらへ駆け寄りそうになって、済んでのところで踏みとどまる。
一度立ち止まって、スカートや前髪を指でつまみ手早く身なりを整える。
危ない危ない。
いくら暗がりとはいえ、取り繕うのを忘れちゃいけない。
どんなところで幻滅されてしまうかわからないのだ。
あくまでも、普段通りのあたしでいなくては。
かつかつとかかとを鳴らし、路地に落ちる頼りない窓明かりを跳ね返す白い影に、ゆっくりと歩み寄る。
「こんばんは、ジェントルマン。今夜も来てくれたのね。いつもありがとう。チケット売り場で支配人に聞いたでしょう? 事情があって、しばらく終演後に外に出られなくなっちゃったの」
「ええ、伺いました。チケットを販売する際、一人一人丁寧に声をかけていらっしゃいましたよ。それでも終わってからいつものように正面口で渋る方もいましたが、今はもう静かになりました」
「そうなの。それで、もしかしてあなたも、その中の一人だったというわけ?」
いけない人ね、と笑いを含ませて問いかける。
ホワイトマンはそれを真に受けて落ち着かない様子を見せたけれど、すぐにあっさりと認めた。
「ええ、実は。居残った人たちに紛れ、少し離れたところから様子を窺っていました」
「あら、随分素直に告白してくれるのね」
「下手な嘘をついても、あなたには見透かされてしまいそうですから」
「ご名答。あたし、変なところで鼻が利くのよ。よくわかったわね」
自分の鼻を指先でちょんちょんと指す。
ホワイトマンは、緊張がとけた様子で自然な笑みを浮かべた。
「今までは、終演後にお会いできることでステージに上がったあなた方を身近に感じられましたが、こうして少し距離を置くことで、手の届かない存在になったように思います。新しい取り組みは、更なる集客に繋がるかもしれませんね」
支配人は、ショーガールとの接触を禁じることを、店の戦略のように伝えたのかもしれない。
トラブルが発生して、と素直に伝えて警戒心を抱かせるよりもずっといいやり方だと思った。
「そうね。でもそのせいで、期限付きでここにいるあなたとこんな風にお話できるのも最後になるかもしれないわね。せっかくだから、飲みにでも行く?」
ホワイトマンの表情が晴れやかなものにならなかったのを見て、「冗談よ」とほのめかした。
「またお会いできる機会はあるかもしれないけど、一応あいさつしておくわ。素敵な贈り物と、一度きりの夜をありがとう。ここにいられる最後の日まで、マクレーを贔屓にしてもらえると嬉しいわ。あなたの気が済むまで、ポーラーの夜を楽しんでね」
それは本心からの言葉だった。
あたしは、相手が誰であろうと去り際までちゃんと形を崩さず接することができると自負している。
そうやっていつものクルトであろうと気を張っていたから、本心ではどう思うかまでは考えが行き届かなかったけれど、そんなのは今は不要なことだった。
ひらりと手を振って踵を返し、あくまで挑発的にならないよう、スカートを揺らして歩き出す。
ステージを下りてからも踊っているようだ、と恋人たちに言われる歩き方だ。
狭い路地にぶつかって、かかとの鳴る音が反響する。
ヒールの高い靴を履き、過度に装飾された服を着て、まるで昔どこかで聞いた大人の女の型にはまったような姿で、ホワイトマンから遠ざかる。
バイバイ。あたしの知らないところに帰っても、どうか汚れず、元気でね。
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