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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
4.事件
48/67

4-11


「二週間くらい前のことだったかしら。

ほら、あたしが支配人にもらったバングルをつけてステージに上がって、マージに叱られたことがあったじゃない。あの夜のことよ。

マージのお説教の後、屋上で一服してたら、ハマナが窓際で若い男ともつれ合ってるのが見えたの。

ちょうど同じタイミングでシークも外に出てきたから、二人でそれを眺めたのよ」

「窓って、ゴッデスの中のかい?」

「多分ね。裏のビルの、三階の細長い窓」



 その方向を指して、指先で窓の形を宙に描く。

マージは眉をハの字にして息をつき、「トイレの窓だ。何をやってるんだハマナは」と首を横に振った。



 シークがおそるおそる顔を上げ、あたしとマージの表情を窺った。

話の続きを引き継ごうかどうしようか迷っているようだ。

あたしもマージも、決してシークを急かしたりはしなかった。

すると自分が咎められていないことに安堵した様子で、シークはあたしも知らなかったその後の話を切り出した。



「クルトは出番があるからって、それからすぐにマクレーへ戻ったわ。でも私は、あの夜すごく暇だったの。出勤したっていうのに休憩ばかり取らされて、むしゃくしゃしてた。そんな時にハマナのトラブルを見て、しめたと思ったの」



 その時の光景が脳裏によみがえってきたのか、シークは早口に語り始めた。



「私、急いで階段を下りて、ゴッデスのオーナーに、ハマナが店の中で男と遊んでるって告げ口に行ったの。

そしたらオーナーは血相を変えて、真っ最中の現場に飛んで行った。

何の騒ぎかと友達が楽屋から顔を覗かせたから、その手を引いて私もオーナーに続いたわ。

あとはもう、嵐のようだった。

オーナーに髪を引っ張られて、着乱れたハマナが廊下に転がり込んできて、怒鳴り散らすオーナーに負けじと言い返してた。

みんなの目がハマナに行ってるうちに相手の男は逃げ出したみたいで、それに気付いたスタッフたちが男を捜して大騒ぎ。

私はそこまで見て満足して、自分の店に戻ったの」



 一度話に区切りをつけて、シークはぬるくなった紅茶に手を伸ばした。



 シークが語った情景が生々しく脳内に広がる。

もう終わったことなのに、耳の奥に怒鳴り声の応酬が聞こえる程だ。

ゴッデスに限らず、ポーラーではそんなやり取りはよくあることだった。

毎晩そこかしこで、軽度なものから物騒なものまで様々ないさかいが起きている。

そんなの見飽きているけれど、こんなに身近なところで、しかも面識のある人間が介入して起きたものには、少し心がざわついた。



 事情を話しても責められないことに落ち着きを取り戻したシークが、声を小さくして言った。



「さっきゴッデスで聞いた話によると、ハマナはあの夜抱き合ってた男と消えたんじゃないかって」

「へぇ。でも、それを単なる駆け落ちだと解釈しちゃいけないだけの理由があるから、騒ぎになってるんだろう?」



 マージの指摘に、シークが頷く。



「例の騒動の夜から、オーナーはハマナを軟禁していたんですって。

といっても、その場所は元々オーナーが家賃を払ってるハマナの部屋なんだけど。

今までハマナは、オーナーの前では借りてきた猫のような顔をして調子のいいことばかり言ってたそうだけど、情事が見つかって口論になった時は、逆上してかなりきつい言葉をぶつけてたの。

それでオーナーも怒って、お仕置きとして部屋に閉じ込めたんですって。

外から鍵をかけて、店のスタッフを見張り番として立たせてまでね。

自分の部屋とはいえ無理に押し込められたハマナは、最初の晩こそひどく暴れたそうだけど、日が昇ってからはすっかりいつもの猫なで声で「ねぇ、ここを開けてちょうだい。私は悪くないの。あの男が強引に私を連れ出したのよ」って同情を買うようなことを言い出した。

もっとも、あの夜の男だけに限らず、ハマナがオーナーの目を盗んでしょっちゅう夜遊びをしていたことなんて誰もが知っていたんだけど。

当事者である、ハマナとオーナー以外はね」

「まったく、困った子だね」



 マージの相槌に、シークは「そうでしょう?」と面白くなさそうな顔で続ける。



「その軟禁状態にあったハマナなんだけど、忽然と姿を消したんですって」

「でもどうやって。部屋には外から鍵がかけられていたんだろう?」

「そうなの。五つもつけられていた鍵が、どれも壊されていたんですって」



 鍵が壊されたこともそうだけれど、五つも鍵をかけるゴッデスのオーナーの執念深さにも呆れて息がもれそうになった。



「見張りはどうしたんだい」

「それがね、昨晩はハマナのわがままに振り回されて、少しだけその場を離れたらしいのよ」

「わがまま?」

「笑っちゃう程くだらないことよ。

昨晩ハマナが突然、ゴッデスに置いてきたメイクセットを持ってこいって言い出したそうなの。

あれじゃないとメイクが完成しない、今すぐ必要だからって。

見張りが、化粧をしたって今はどこにも出られないんだからいらないだろうって言っても、ハマナは持って来いの一点張り。

見張りが、今はゴッデスが営業中で動ける人間がいない、って首を横に振ったところで、ハマナは、ぼーっと突っ立ってるだけのあんたがいるじゃないって食い下がった。

そのうち近くにある物を手当たり次第ドアに投げつけ始めたもんだから、見張りもたまらずそこから離れたんだって。

ハマナの癇癪にうんざりしたのもあるけど、外から鍵がかけられてるんだから何も起こらないだろうって考えたみたい。

そりゃそうよね、ごつい南京錠が五つもぶらさがってたら、誰だってそう思うわ。

それで、わがままな女王様がご所望のメイクセットを持って戻ってみると」

「部屋の中から、ハマナが消えていた」



 結論を口にしたマージに、シークが無言で頷いた。



「かけていた鍵は外から壊されて、部屋の電気も、テレビもつきっぱなし。

玄関には、見張りが離れる前にハマナが投げつけた物が散乱していたけど、それを蹴散らした様子があったって。

見張りは、ハマナが部屋のどこかに隠れて自分を脅かそうとしてるんじゃないかって捜したそうだけど、その姿はどこにもなかった」



 話が現状に追い付いたらしく、シークの目にぷっくりと涙の玉が浮いた。



「ねぇ、私が面白半分で告げ口しなかったら、こんな大事にはならなかったんじゃないかしら。今まで、ハマナなんかいなくなればいいと思ってたけど、それはこんな形を望んでいたわけじゃないの。私、なんてことをしたのかしら」



 その目から涙が零れる前に、マージがすかさずフォローに入る。



「シーク、そんなに自分を責めなくてもいいんだ。この騒動を、誰かがあんたのせいにしたのかい?」

「されてない。それどころか、オーナーに感謝された程よ。でも、ハマナを軟禁したのはオーナーだけど、元々のきっかけは私だわ。私、こんなことになるなんて思わなかった」

「ああ、わかってる。そんなに思いつめることはないよ。元を正せば、営業中に男ともつれ合っていたのはハマナだろう? オーナーに可愛がられていることを理解していながら、男と遊ぶのをやめられなかった。今回シークが指摘しなくても、それが明るみに出るのは時間の問題だったんだよ」



 マージが繰り返し、責任はシークにあるわけじゃないとなだめる。

誰かにそう言ってもらいたかったのだろう、シークは堪えていた涙を音もなく零し、マージに何度もありがとうと礼を言った。



 シークのカップにマージが紅茶を継ぎ足すのを待って、あたしは頭の中の疑問を口にした。



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