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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
4.事件
47/67

4-10


「それで、ハマナがいなくなっていうのは確かな話なのかい?」



 シークはあたしには見せたことがないくらい真面目な表情で、マージの問い掛けに頷いた。



「ええ。ついさっき、店の買い出しの帰りにゴッデスの前を通ったんだけど、その時にオーナーと店の子が話してるのを聞いたの。少し離れたところからでも気付けるくらい、ゴッデスは騒ぎなってたわ。じきにマージもエリアの会議に呼ばれると思う。いなくなった状況が、状況らしいから」



 ゴッデスというのはハマナが在籍していた店の名前だ。

ハマナはそこのオーナーのお気に入りで、個人的な付き合いがあったとあの晩シークが言っていた。



 マージが顎に手を添え、表情を険しくした。



「ハマナがいなくなったのは、意思的にじゃないってことかい?」

「確定したわけじゃないけど、その可能性が高いって」



 マージがついた重いため息に、あたしとシークは緊張した面持ちで視線を交わした。



「このところそういう騒ぎはなかったから、安心していたんだけどね。どこも警戒を強めて、自分の店の子を見ていたから。まさかゴッデスの、しかもハマナがいなくなるとはね。あそこのオーナーはハマナに相当入れ込んでたから、四六時中監視するくらいの態勢でいたはずなのに」



 居心地が悪そうに、シークが小さく身じろぎした。

マージがそれを見逃さず目を光らせたことを、俯いていたシークは気付かなかった。



「あんたたち、ハマナと知り合いだったのかい?」

「いいえ。あたしは顔もおぼろだわ。ろくに話したこともないと思う」



 あたしの返答の後、シークがおずおずと口を開く。



「私は知ってた。というより、私とハマナは仲が悪くて、互いに嫌い合ってたの」



 マージが何気ない言い方で「へぇ」と呟いた。

そこには続きを促す響きが漂っていて、そのまま押し黙ろうとしたシークの口を割らせた。



「私、ゴッデスに友達がいるんだけど、その子からずっとハマナのことを聞いてたのよ。

オーナーのお気に入りであることを鼻にかけて、女王様気どりで困ってるって。

一緒に働く仲間をまるで下僕のように扱って、あれこれ命令したり面倒なことを押し付けたり。

機嫌が悪い時には、何もしていなくても怒鳴りつけてきて、迷惑な作り話を押し付けてくるって。

他にも、人の服やアクセサリーを勝手に持って帰ったり、気に入らない新人をいびり倒して辞めさせたり、やりたい放題だって言ってた。

そんな話を聞くだけでもハマナのことを嫌いになるのに、ある時決定打になる出来事があったの」



 話し始めた時こそ言葉を選んでいたシークだったけれど、怒りに押されてだんだん滑らかな口調に変わっていく。



「その友達は、ハマナにどんな嫌味を言われても笑顔で受け流せる子だったんだけど、ある夜、私との待ち合わせ場所に泣きながら現れたの。

聞いたら、恋人から誕生日プレゼントにもらったばかりのネックレスを、ステージに上がってるうちにハマナに壊されたんだって。

そのことを問いただしても、ハマナは謝るどころか「ちょっと触っただけで壊れちゃうものをプレゼントに選ぶなんて、あんた安い男と付き合ってるのね」ってバカにされたらしいの。

悲しさと悔しさに泣く友達を見ていたら、私もう、いてもたってもいられなくなった。

次の夜、ゴッデスから出てきたハマナを捕まえて、友達の件を問い詰めたの。

もちろんハマナが自分のしたことを認めるはずがなくて、私たちはひどい口論になった。

頭に血が昇ってたから内容はほとんど忘れちゃったけど、ハマナは私に、代わりがいくらでもいる使い捨て女、って言ったわ。

だから私は、オーナーに飼われてる都合のいいドールちゃん、て言い返した。

それからよ、私とハマナが目を凝らして互いの粗探しをする関係になったのは」



 口論した時のことを思い出して鼻息荒く語っていたシークが、不意にすとんとテンションを下げた。



「だから私、あの晩のトラブルを見て、遂に弱みを握ったって思ったの。これでゴッデスからハマナを追い出せる、って。その時は頭の中がそんな考えでいっぱいだった。まさかこんなことになるなんて思いもしなかったの」



 シークは細い肩を震わせて下唇を噛んだ。

再び泣き出してしまう前に、手を伸ばしてその身体を後ろから優しく抱いた。



「あんまり思いつめないで。あれは完全にハマナの落ち度よ。いくらなんでも好きにやりすぎだったわ。私がシークの立場でも、同じように弱点を見つけたって考えると思う」



 マージが視線で「あんたたちが言うあの晩、一体何があったんだい」と問うてくる。

腕の中で震えているシークに、状況を説明させるのは酷だ。

弱った心を刺激しないように、一度きつく抱きしめてから腕をとき、できる限り淡々とあの夜のことを口にした。



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