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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
4.事件
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4-9


 ホワイトマンのことをすっぱりと切り離し、雑談に花を咲かせるあたしとマージの元に、ちょっとした事件が飛び込んできた。



 その時あたしたちは、来月のステージ構成について話をしていた。

新しく盛り込まれることになる演目のテーマや構想を、あたしは目を爛々とさせながら聞いた。

新規の演目を作る際、最初に支配人とマージが内容を決め、あたしや男性スタッフがそれに細かな要望や問題点などを述べる。

その後に他のショーガールからも意見を募る。

誰の目にも納得のいく形になって初めて、本格的な練習が始まるのだ。



 固まったばかりだという案を聞きながら想像を膨らませていたあたしの耳に、せわしない異音が聞こえた。

それはマージの耳にも届いたらしく、二人で顔を見合わせた。

繰り返し聞こえるそれは、裏口につけられたドアノッカーの音だ。

重々しくも澄んだ音を上げる真鍮のノッカーが、徐々にその間隔を狭めながら連続で叩かれている。

裏口の鍵を持っているのは、支配人にマージ、五人の男性スタッフの中の三人、アレル、イル、そしてロキオだ。

ジョーは兄のアレルと常に行動を共にしているし、しっかり者のイルが鍵を忘れてきたとは考え難い。

ロキオは昨晩デートの約束があると言っていたから、今はまだ恋人とベッドの中だろう。

ショーガールたちが賑やかにやってくるには早すぎる。

こんな風に困ったノックをするのは、雑務係のダズくらいしかいない。

「買い出しのメモを忘れて慌てて戻ってきたのかしら」なんて笑いながらドアを開けると、そこには隣の店のダンサーである、シークが立っていた。



「あら、どうしたのシーク、珍しいじゃない。あいにく支配人は留守なの。それにマクレーの人出はまだ足りていて」



 少し前に、シークは店を移りたいと言っていた。

てっきりそのことについて支配人に売り込みに来たのかと思ったけれど、その表情が心なしか青ざめていることに気付いた。



 シークは震えた声で、もつれた言葉を口にした。



「ねぇ聞いた? ハマナがいなくなったって」



 胸に飛び込む程の勢いで詰め寄られ、つられてあたしも身構える。



「ハマナ? ごめん、誰だったかしら。聞き覚えはあるんだけど」

「マクレーの裏の店の子よ。ほら、この間屋上で盛ってた」



 シークと屋上で話をした夜のことをぼんやりと思い出す。

紫煙が晴れた夜の先、窓の向こうに激しく求め合う男女がいた。

そうだ、あたしはそれをシークに教え、シークは「彼女とは犬猿の仲だ」と言っていた。

その時の情事の女とハマナという名前が、うっすらと線で繋がる。



「ハマナがいなくなったってどういうこと?」

「どうもこうもないわ。突然姿が見えなくなったらしくて、騒ぎになってるの。ねぇどうしようクルト、ハマナがいなくなったのは私のせいかもしれない」



 そう言った途端、シークは青ざめた顔を両手の平で覆い、わっと泣き出した。

記憶の糸をたぐってようやくハマナのことを思い出したあたしにとっては、様々なことが突然すぎて、すぐに置いてけぼりになった。



「待ってよシーク、どうしてそうなるの? ハマナと何かあったの?」



 シークはかぶりを振って、どうしよう、どうしようとうわ言のように繰り返すだけで、あたしの問いかけに答える余裕もないようだ。

騒ぎを聞きつけて裏口までやってきたマージが、あたしと入れ替わりでシークの肩にそっと触れた。



「とりあえず中にお入り。その様子からすると、ドアを開けたままこんなところでするような話じゃないんだろう?」



 優しく慰めるマージの声にシークは顔を上げ、目に見えてほっとした顔で頷いた。



 怯えた表情のシークを楽屋に通し、とびきりやわらかい一人掛けのソファに座らせた。

あたしはそのアームレストに腰をかけ、シークの震える手を握っている。

マージが時間をかけてお茶を淹れている間、シークは視線を落として何かを考える顔をしていた。



 器用にティーカップを三つ持って、マージがゆったりとした足取りでこちらにやってきた。

テーブルの真ん中にカップを置き、一つをシークに、一つをあたしの前に滑らせ、向かいに置かれた二人掛けのソファに腰を下ろした。



「だめだよシーク、冬のさなかにそんなに薄着で。いくら急いでいたとしても、外に出る時はちゃんとコートを着ておいで。冷えた身体には、いつまでも不安が居座るもんだ。ほら、飲みな」



 促されるままシークはカップを手に取り、静かに息を吹きかけた。

立ち上る湯気が揺れ、こちらにまでアールグレイの香りが流れてくる。

あたしは、ソファにもたれるシークを斜め後ろから見下ろしながら、嫌な予感を覚えていた。



 シークが落ち着いてきた頃、マージが話を切り出した。

再びシークを錯乱させないように、あくまで控えめな、けれど話の核心に迫る真剣な声音で。



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