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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
4.事件
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4-7


 今夜ホワイトマンがくれたのは、重くもないけれど軽くもない、不思議なものだった。

袋の口に巻かれたワイヤータイをとき、ほんの少しだけ胸をときめかせながら中身を取り出した。



 透明なプラスチックのケースに入っていたのは、ロックアイスのようにいびつな形をした、半透明の砂糖菓子のようなものだった。

舌の上に乗るくらいの大きさで平たく、それぞれにホワイト、ピンク、ブルー、イエローなどの色がうっすらとついている。

ケースを左右に振ると、中身がからからと軽い音を立てる。

ふたを開けて触れてみると、それはさりさりした感触だった。

つまんでいても溶ける気配はなく、まるで作り物のようだ。

ケースには期限が印字されたラベルが貼られているから、食べ物ではあるらしい。

つまんだ指に力を入れると、表面に細かなひびが走った。

またしても、見たことも食べたこともない代物だ。



「またあたしの知らないお菓子。こんなもので機嫌をとったつもりなの?」



 むしゃくしゃした気持ちで、さっきひびを入れてしまったピンクを一つ、ぽんと口に放り込んだ。

見た目通り、氷砂糖のように固いんだろうと思い切り噛んでみると、それは予想に反して軽い食感であっさりと崩れてしまった。

しゃりしゃりとした歯ごたえが面白く、それを追いかけて噛み砕くうち、遅れて控えめな甘みが口の中に広がった。

想像よりずっと面白い歯ごたえで、もう一つつまんでみたくなった。



 薄い氷で覆われているような、これの中身はどうなっているのだろう。

イエローをつまみ、今度は半分だけかじってみた。

表面の軽い食感の部分は砂糖のコーティングなのに対し、中は透き通ったゼリーのようだった。

とろりと零れ出しそうなのに、触ってみるとしっかりと固まっていて、半透明な砂糖の中に光を蓄えている。

素朴な美しさに惹かれ、部屋のライトにかざしてみる。

なんだか懐かしい色合いだ。



 ぼんやりと記憶の欠片を探るうちに、今の今まで忘れていた思い出が急速に眼裏によみがえった。



 そのカラフルな砂糖菓子は、浜辺に打ち上げられたガラスの玉、シーグラスに似ていた。

割れたガラスの破片が、波に洗われるうちに角をなくし、冷たい感触を持つ不透明な玉になる、あれだ。

幼い頃、波打ち際で見つけてはポケットに入れて持ち帰った。

そんな浜での思い出が、波の音と共に打ち寄せてくる。



 排ガスと香水のにおいでまひしたあたしの鼻が、懐かしいにおいを嗅ぎつけた。

饐えたようなにおいが鼻の奥にしつこく引っかかる、あの町の潮の香りだ。

発作的に胸がちくりと痛んだ。

あたしはまだそこでのことを振り返りたくはないのに、ホワイトマンがくれたきれいな菓子のせいで、意識とは関係なく思い出してしまう。



 あたしをおびやかす小さな菓子なんか、腹いせに細かく噛み砕いて食べてしまおうかと思った。

でも過去と重ねたら最後、そんな残酷なことはできなくなった。

それはかろうじて残っているあの町での温かな思い出が詰まった、脆いガラス玉のように思えた。

それを粉々にしてしまうなんて、あたしにはできるはずがなかった。



 食器棚から深型のテイスティンググラスを取り出し、その中に砂糖菓子を空けた。

グラスの中を滑るそれは、ガラス玉と同じように擦れた音を立ててはしゃいだ。



 心のどこかを危うくさせる不思議な菓子を眺めているうちに、あたしをおびやかしていた気持ちの悪い眠りや、重苦しい疲れは収束していった。

テーブルの上に置いたグラスを、床にしゃがんで側面から見つめる。

指でグラスを揺すると、中に入った思い出の破片がからんと小さく音を立てた。



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