表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトマン  作者: 水見 あさや
4.事件
43/67

4-6


 その夜も、あたしの悩みの種は姿を見せた。

男たちの輪の中にいるあたしを、ホワイトマンは遠くから見つめていた。

いつもの汚れ一つない白いスーツに、ライトグレーのシャツを着て、チョコレート色のネクタイを締めている。

ちらりと目を向けただけなのに、すかさずにこやかに微笑まれた。

その笑みについ引っ張られそうになり、荒っぽくホワイトマンから目を逸らした。

男たちに混ざって待っていたということは、今夜も声をかけてくるのだろう。



 あたしの気を引こうとする男が多すぎて、受け取るプレゼントと会話が結び付かない。

でもそんなのはいつものことだ。

たとえ上の空の時でも、差し出された物を受け取って、作り込んだ笑顔でしっかりとお礼を言う自信はあった。

そう、まるで流れ作業のように、淡々と。



 案の定、ホワイトマンはあたしに声をかけ、プレゼントを手渡し、いつも通り帰っていった。

今夜はその姿に、誘いをかける気力も失せていた。



 彼はあたしをからかいに来ているだけなのかもしれない。

そうでなければ、安くはないチケットを買い、プレゼントを用意し、若い女をおちょくることに何の得もない。

そんな風に考えてしまう。



 どれだけ悩んでも解決しない時は、考えることを放棄するに限る。

今夜も適当な手を掴んで、その夜をしのぐための恋人を得た。





「帰さない」としつこい男の手を何とかすり抜けたのは、朝になりかけた時分だった。

男はアパートまで送っていくとしつこく食い下がり、あたしはそんな男を足蹴にしたい気持ちをぐっとこらえて、逃げるように部屋を出た。



 馴染みのない安ホテルのフロントマンは、早朝に出ていくあたしをにやけ顔で見るだけで、タクシーを呼んではくれなかった。

そんな奴に頼み込むのも癪で、つんと鼻先を上げてホテルを後にした。

大通りを歩いていればそのうちタクシーを拾えるだろうと思っていたのに、こういう時に限ってなかなか空車の車は流れてこなかった。

アパートまでそう遠くはないから、重い足を動かして歩き出すことにした。



 朝の気配が忍び寄りつつある路地を、コートの前をきつく合わせて早足に歩く。

通りかかったタクシーを見落とさないよう、意識は通りに投げたまま。



 一晩かけて街を凍らせた冷気が、ビルの間から差し込む日でほどけ始めている。

冬の朝の弱々しい日差しでも、夜通し起きている身体にはこたえる。

それはまるで浄化の光のようで、自分がドラキュラにでもなったような気分だった。

寒さでかじかんだ指先を、濃い靄のような息で温めようとする。

けれど何度吐きかけても、痺れる程に冷えた手は少しも温かくはならなかった。



 結局タクシーを拾うことはできず、歩いてアパートに帰り着いた。

仕事に向かう健康的な人間の好奇の目を受けながら、高いヒールの靴で歩き続け、部屋の鍵を開ける頃には機嫌は地を這っていた。



 昨夜のプレゼントをおざなりに玄関に下ろしても、冷えと疲れで硬直した腕はすぐには楽にならなかった。

靴を脱ぎ捨ててむくんだ足を解放し、寝室までよたよたと歩いて、一人で眠るには広いベッドに倒れ込む。

柔らかな羽毛の布団は、一晩よく働いたと優しくあたしを抱きしめてくれた。



 体内に溜まった毒気を吐き出そうと、長く重い息をつく。

けれど身体が軽くなる前に、どろどろとした眠気が押し寄せてきた。

まだ眠っちゃいけない。

肩がこる程重いコートも、皺だらけのワンピースも着たままだし、伝線したストッキングが足を締め付けて苦しい。

化粧も落とさないといけない。

べたつく肌に熱いシャワーを浴びたい。

玄関に置き去りにした荷物の中にスフレがあった。冷蔵庫に入れないと。

でも部屋は冷えきってるし、平気かな。

そういえば、玄関の鍵は閉めたっけ?



 やらなければならないことがたくさんあるのに、眠気が肩を押さえつけてくる。

やめて、これ以上苦しめないで。

せめてカーテンを閉めさせて。

明るい部屋じゃうまく眠れなくて、きっと悪夢をみてしまう。



 あれこれ考えるうちに呆気なく動けなくなった。

誘惑に負けて、そろりと意識を手放す。

どろどろとした気持ちの悪い眠りに落ちる直前で、意識の外へ追いやっていた白い影が脳裏に浮かんだ。



 そうだ、彼は今夜も贈り物をくれたっけ。

それだけは眠る前に開けてみたい。



 息を止めてわざと身体を苦しめ、やっとのことで起き上がった。

破れたストッキングを脱ぎ捨てて、裸足のままぺたぺたと玄関へ向かう。

荷物の山をかき分けて、ホワイトマンがくれた小さな紙袋の持ち手を引いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ