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その夜も、あたしの悩みの種は姿を見せた。
男たちの輪の中にいるあたしを、ホワイトマンは遠くから見つめていた。
いつもの汚れ一つない白いスーツに、ライトグレーのシャツを着て、チョコレート色のネクタイを締めている。
ちらりと目を向けただけなのに、すかさずにこやかに微笑まれた。
その笑みについ引っ張られそうになり、荒っぽくホワイトマンから目を逸らした。
男たちに混ざって待っていたということは、今夜も声をかけてくるのだろう。
あたしの気を引こうとする男が多すぎて、受け取るプレゼントと会話が結び付かない。
でもそんなのはいつものことだ。
たとえ上の空の時でも、差し出された物を受け取って、作り込んだ笑顔でしっかりとお礼を言う自信はあった。
そう、まるで流れ作業のように、淡々と。
案の定、ホワイトマンはあたしに声をかけ、プレゼントを手渡し、いつも通り帰っていった。
今夜はその姿に、誘いをかける気力も失せていた。
彼はあたしをからかいに来ているだけなのかもしれない。
そうでなければ、安くはないチケットを買い、プレゼントを用意し、若い女をおちょくることに何の得もない。
そんな風に考えてしまう。
どれだけ悩んでも解決しない時は、考えることを放棄するに限る。
今夜も適当な手を掴んで、その夜をしのぐための恋人を得た。
*
「帰さない」としつこい男の手を何とかすり抜けたのは、朝になりかけた時分だった。
男はアパートまで送っていくとしつこく食い下がり、あたしはそんな男を足蹴にしたい気持ちをぐっとこらえて、逃げるように部屋を出た。
馴染みのない安ホテルのフロントマンは、早朝に出ていくあたしをにやけ顔で見るだけで、タクシーを呼んではくれなかった。
そんな奴に頼み込むのも癪で、つんと鼻先を上げてホテルを後にした。
大通りを歩いていればそのうちタクシーを拾えるだろうと思っていたのに、こういう時に限ってなかなか空車の車は流れてこなかった。
アパートまでそう遠くはないから、重い足を動かして歩き出すことにした。
朝の気配が忍び寄りつつある路地を、コートの前をきつく合わせて早足に歩く。
通りかかったタクシーを見落とさないよう、意識は通りに投げたまま。
一晩かけて街を凍らせた冷気が、ビルの間から差し込む日でほどけ始めている。
冬の朝の弱々しい日差しでも、夜通し起きている身体にはこたえる。
それはまるで浄化の光のようで、自分がドラキュラにでもなったような気分だった。
寒さでかじかんだ指先を、濃い靄のような息で温めようとする。
けれど何度吐きかけても、痺れる程に冷えた手は少しも温かくはならなかった。
結局タクシーを拾うことはできず、歩いてアパートに帰り着いた。
仕事に向かう健康的な人間の好奇の目を受けながら、高いヒールの靴で歩き続け、部屋の鍵を開ける頃には機嫌は地を這っていた。
昨夜のプレゼントをおざなりに玄関に下ろしても、冷えと疲れで硬直した腕はすぐには楽にならなかった。
靴を脱ぎ捨ててむくんだ足を解放し、寝室までよたよたと歩いて、一人で眠るには広いベッドに倒れ込む。
柔らかな羽毛の布団は、一晩よく働いたと優しくあたしを抱きしめてくれた。
体内に溜まった毒気を吐き出そうと、長く重い息をつく。
けれど身体が軽くなる前に、どろどろとした眠気が押し寄せてきた。
まだ眠っちゃいけない。
肩がこる程重いコートも、皺だらけのワンピースも着たままだし、伝線したストッキングが足を締め付けて苦しい。
化粧も落とさないといけない。
べたつく肌に熱いシャワーを浴びたい。
玄関に置き去りにした荷物の中にスフレがあった。冷蔵庫に入れないと。
でも部屋は冷えきってるし、平気かな。
そういえば、玄関の鍵は閉めたっけ?
やらなければならないことがたくさんあるのに、眠気が肩を押さえつけてくる。
やめて、これ以上苦しめないで。
せめてカーテンを閉めさせて。
明るい部屋じゃうまく眠れなくて、きっと悪夢をみてしまう。
あれこれ考えるうちに呆気なく動けなくなった。
誘惑に負けて、そろりと意識を手放す。
どろどろとした気持ちの悪い眠りに落ちる直前で、意識の外へ追いやっていた白い影が脳裏に浮かんだ。
そうだ、彼は今夜も贈り物をくれたっけ。
それだけは眠る前に開けてみたい。
息を止めてわざと身体を苦しめ、やっとのことで起き上がった。
破れたストッキングを脱ぎ捨てて、裸足のままぺたぺたと玄関へ向かう。
荷物の山をかき分けて、ホワイトマンがくれた小さな紙袋の持ち手を引いた。
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