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あたしが楽屋に戻るのと入れ替わりでマージはエリアの話し合いに出てしまい、結局打ち合わせは中途半端に終わった。
マージはさっきの陰りなど微塵も見せず、いつもの顔で「そうかからずに戻るよ」と右手を振って出て行った。
支配人も、支払いやら手続きやら諸々の用事を抱えて出たきりだ。
ダズは支配人のアシスタントについていき、兄弟はまだ来ていない。
イルは夜通し衣装の手直しをしていたらしく、今日はぎりぎりになるまで来ないと聞いた。
練習している子も休憩に入ったのか、ホールも静まり返っている。
本番の前後はあんなに騒がしいのに、今はその影もない。
あたしは人気を感じない楽屋で一人、時間を持て余す。
手入れがされた衣装を手にしては戻し、コスメボックスの整理を始めるもすぐに飽きてしまい、奥の事務デスクのキャスターイスにもたれて意味もなくくるくる回り、支配人がみんなのおやつにと用意してくれたエクレアを食べ、甘くないカフェラテを飲みながら誰かが置いていった雑誌をめくったりしたけれど、何をしてもつまらなくて最終的にソファに転がった。
足をぶらぶら揺する度、ソファの側面にパンプスの踵がぶつかり、乾いた音が一定の間隔を空けて部屋に響く。
することがなくなった頭に、今はあまり考えたくない彼のことが浮かんできた。
ホワイトマンには荷物持ちをさせた手前、半端な負い目を感じていたし、何より興味があったから優先的に声をかけたのに、まさか断られるとは思わなかった。
あたしを求めていないなら、なぜ彼は毎晩プレゼントをくれるんだろう。
それも見事にあたしの気を引く、見たこともないきれいなものを。
他の男とは異なる物を贈って興味を引く作戦だろうか。
そうだとしたらもう成功しているんだから続ける必要がない。
もしかして、最初の夜にあたしが何か失敗をして、一緒に過ごす気が失せてしまったとか?
でも、もしそうならさっさと去っていくはずだ。
時間や金を消費して、何度も通ったりしないだろう。
深みにはまりたくないのに、他にすることがないせいで考え事はずるずると長引いていく。
じゃあ、彼が人のいい顔をしてあたしを手中に収めようと目論んでいたとしたら?
時間をかけて籠絡し、よくない世界へ連れ出そうとしているとしたら。
でも、それなら最初に車に乗った時にそれなりのアピールがあってもおかしくない。
薬を使ったり、力で脅したり、強引な手段に出るのなら、なおのこと車内の方が好都合のはずだ。
けれど何もなかった。笑ってしまう程に清らかな夜だった。
考えれば考える程にわからなくなる。
彼が極悪人なのか、それともうつろな善人なのか。
こんなに気持ちの悪い思いをするのなら、あの時荷物を運んでもらうんじゃなかった。
気位高く断っておけば、思い悩むこともなかったのに。
脱げかけて爪先に引っかかっていたパンプスを床に落とした。
なんだかとてもイライラする。
あたしは誰かに負けることはもちろん、はっきりしないこともきらいだ。
白黒ついたわかりやすい世界で生きていたいのに。
「救世主なんて」
マージが力説した言葉を思い出す。
あたしを導いてくれる救世主。
「そんなものであってたまるもんですか」
あたしはそんな都合のいいものを望んだことはない。
今更あたしを救おうと神様が手を差し伸べたとしたら、それは慈愛じゃなくてただの同情だ。
救世主なんていらない。
あたしはここで、一人で生きていく。
テーブルに置いた雑誌を手探りで取り、適当なページを開いて顔に乗せた。
白い天井から無理に視線を離し、誰もいないのをいいことに大きな大きな溜め息をついた。
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