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「あんた、ホワイトマンに随分愛されているようじゃないか」
ある日のミーティング中、向かいに座るマージがにやけ顔でそう言った。
あたしはまたしても振る舞われたマージの特製ドリンクと戦っていて、ものすごく渋い顔と声で返事をした。
「ホワイトマン? 誰のことよ」
「あんた目当てに足しげく通う、白いスーツの老紳士だよ」
「ああ、彼ね」
更に声を低くして吐き捨てるような言い方をしても、マージはものともしない。
「毎晩同じ席でステージを見て、男に囲まれてるあんたを律義に待って、ささやかな贈り物と笑顔をくれる。いいじゃないか。高価な物を贈る見せかけだけの男よりよっぽどいい。積極的に彼を攻めてみたらどうだい?」
あたしは眉間のしわを隠しもせず、口の中の苦みや渋みを強引に飲み込んで、青臭い息で言った。
「もうとっくに攻めたわよ。それも、初めて会った夜にね。でも彼は誘いには乗ってくれなかったの。以来、初日から今日まで負け続けよ」
「負け続け? あんたが? そんなの初めてのことじゃないか」
「そうよ、初めてのことなのよ。このあたしが、最近じゃ誘いの言葉すら満足にかけさせてもらえないの。彼、予定を聞いたり食事に誘う前に帰りの口上を始めちゃうのよ。最高に面白くないでしょう」
グラスについた水滴を親指でぐいぐい拭うあたしを、マージは声を上げて笑った。
今日はステージで練習している子がいる。
ロキオがその子に付き合って流している音楽が、楽屋ではちょうどいいBGMになっていた。
けれどマージが笑っている間、音楽はかき消され、軽やかな声だけが響いた。
「本人を前にしてよくそんなに笑えるわね。断られ続ける日々にあたしが傷つかないとでも思うの? あいにくそんなにタフじゃないわよ。たった一言の言葉で、眠れないくらい悩むことだってあるんだから」
「出会ってすぐの男とも平気で寝られるくせに、繊細ぶるんじゃないよ。たった数回振られたくらいで何を怖がってるんだ」
「怖がってる? あたしが? そんなはずないでしょ」
「じゃああんたらしく強引に頷かせてみたらどうだい。もしくは涙を見せてみるとかね。泣き落としなんて、今までしたことないだろう」
「冗談じゃないわ。そういうみっともない真似はしたくないの。大体、男たちが興味を持ってるのはあたしの身体で、心なんか必要ないの。ドライな関係を望む相手に、泣いて縋る姿なんて見せられるわけないじゃない」
とがらせたあたしの言葉に、マージがほんの少しだけ声のトーンを下げた。
「そりゃまたひねくれた考えだ。誰かにそう言われたのかい?」
「言われなくても目を見ればわかるわよ。だからあたしは要望通り、割り切って付き合うの」
「物わかりのいい答えのようだけど、私の目にはあんたの方が、男をそういう対象としてしか見ていないように映るね」
知った顔で言うマージを、ため息まじりで軽く睨みつける。
「それ以外にどう見たらいいのよ。男はみんな同じ。あたしの上辺ばかり見て、中身を知ろうとしないわ。そんな相手と対等になれるわけないじゃない」
「そりゃそうだろうさ。あんたが最初からそういう姿勢でいるんだから」
それは一理あることだから、さほどダメージは負わなかった。
軽い調子で「それもそうね」とあしらって、荒く鼻から息を吐いた。
一度横道に逸れた打ち合わせは、そう簡単に元の流れには戻らない。
口直しに角砂糖を舌の上に放り投げて、椅子にだらしなくもたれる。
胸を突き出して天井を仰ぐあたしを無遠慮な目で舐め回し、マージは頬杖をついた。
「ホワイトマンは、どうしてあんたの誘いを断るんだろうね。贈り物を持ってくるくらいだから気に入ってはいるんだろうに」
「さあね。夜更かしが苦手なんじゃないの」
あんまり長いこと、この話はしたくない。
当事者であるあたしがどれだけ考えても一向に答えが出ないんだ、客観的に捉えるしかない他人に、突破口が開けるはずがない。
話の流れを変えたくて適当に投げ捨てた言葉だったのに、マージは「無駄にしまい」というように丁寧に拾い上げた。
「それはあるかもしれないね。
普通の生活をしている人間は、毎晩夜通し起きてはいられないだろ。
彼は本当に夜更かしが苦手で、夜に強く若いあんたを相手にする自信がないのかもしれない。
男は欲望に忠実な生き物だけど、それは何も性欲だけに限らない。
どの男にだって、あんたに欲情する夜があれば、何も考えずに深く眠りたい夜もあるさ」
「そうだとしても毎晩顔を見せてるのよ? たまには欲情してくれたっていいじゃない。彼には欲がないの? それともあたしの魅力が足りないのかしら。まったくどういうつもりなのよ。いくら考えてもちっとも答えが出やしない」
「あーあ、すっかりへそを曲げてる」
不機嫌の欠片をぶつけてもマージはどこ吹く風で、なぜか楽しそうにペンを回している。
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