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ステージ後半、あたしは序盤のミスを払拭しようといつも以上に気合を入れて挑んだ。
幸い今夜の最後を飾るのは気に入っている演目でやる気に拍車がかかった。
透明なオットマンに浅く腰かけ、左右から注ぐ淡いパープルのライトを浴び、爪先を高く持ち上げて足を組む。
あたしを通り越した光は重なり合って背後を濃く彩り、オットマンを通り抜けた光は屈折して揺らぎステージ上に不規則な模様を落とす。
足を組み替えたり、腕を伸ばしたり、身を捩ったりする度に、細長い影があたしの動きを真似して踊る。
自分の動き一つでステージ全体の表情が変わる様は、何度眺めても飽きない。
リズムに乗ってオットマンを指で叩き、時折撫でたりくすぐったりして光のトリックで遊んでいると、ステージの袖から出てきたショーガールがあたしの隣に立って手を差し伸べた。
それを取り立ち上がったのを合図に、今夜のステージに上がったショーガールが勢揃いし、最後の一幕が始まるのだ。
歓声が高まり熱せられた空気をかき乱すうちに、目が回る程のスピードでステージは加速していった。
*
「俺の宝石ちゃんたち。今夜も目がくらむステージだったよ。ありがとう、愛してる」
支配人が声をかけて回る中、あたしは汗を吸って重たくなった衣装をすっぽりと脱いだ。
火照った身体を冷ましながら下着を取り替え、ドリンクを配って歩く雑務係のダズにワンピースのファスナーを上げてもらい、真っ赤なエナメルの靴に爪先を通す。
鏡の中の自分と向き合い、大きく開いた胸元にパールのネックレスを飾る。
口々にあいさつをしながら出ていく新人たちを、いつかの恋人から贈られた大ぶりのピアスをつけながら横目で見送った。
「クルト、明日のプログラムなんだが」
ペンのおしりでこめかみを叩きながら、片手に書類を持った支配人が声をかけてきた。
あたしが返事をするより早く、着替え途中のショーガールが素っ頓狂な声を上げた。
「クルトったら明日もいるの? 先週もずっといたじゃない。最後に休んだのは一体いつなのよ」
そう指摘されて初めて、このところ休みなくステージに上がっていることに気がついた。
あたしはもともと休日に無頓着なたちだ。
今みたいに、周りに言われてようやく、半月以上連続でステージに立っていたことを知る、なんてことはざらにある。
以前は支配人に言われるままに休みを取っていたけれど、何もすることがなくて暇を持て余すだけだった。
ヘアサロンやネイルサロン、エステやショッピングは好きだけれど、毎度の休みに行く程じゃない。
そもそも、あたしが外出先で一人で潰せる時間なんてたかが知れていた。
魅力的な店がどれだけ立ち並んでいたとしても、さらりと眺めるだけで満足してしまう。
この街に来た頃は、地理を覚えるのも兼ねてよく出掛けたけれど、素敵なものを見つけても一人ではいまいち楽しむことができず、だんだんつまらなくなって、いつしかやめてしまった。
休日に一緒に出掛ける相手を持っていなかったし、それを作ろうという気もなかった。
外出は必要最低限、それ以外は家でだらだら寝ているだけ。
休みの度にそんな不毛な一日を繰り返すうち、いっそ休日なんてなくてもいいと考えるようになった。
ステージがあれば、有意義な一日を過ごせたという実感が沸く。
それにずっと働いていることで、独占欲の強い恋人たちの「休日は誰と何をしていた?」という質問に頭を悩ませる必要もなくなるんじゃないか、そう思った。
めくれたスカートを整え、顎に手を当ててこのところのスケジュールを思い出す。
「最後の休みは……いつだったかしら。忘れちゃったわ」
「ちょっと支配人。いくらクルトがお気に入りだからって、休みなしで働かせるなんてひどいんじゃないの?」
あたしの味方をする声が、楽屋のあちこちから飛んでくる。非難の声はどれも明るく、みんな支配人をいじめて楽しんでいるのが見て取れた。
「違う違う。支配人はちゃんと休みをくれようとするわ。それを断って、あたしが強引に出てきてるのよ」
最初にあたしを心配してくれた優しい後輩の肩を抱き、額をくっつけてその瞳を覗き込む。
「なぁに、あたしがずっとマクレーにいるのが不満? あんただってほとんど休みなく出てきてるじゃない。あたしは毎日でもケールに会いたいのに、ケールはそう思ってくれないの?」
「そんなわけないでしょ。もう、可愛いのに可愛くないクルト」
「嘘。冗談よ。ちゃんとわかってるわ。心配してくれてありがとう、ケール」
つんと尖る可愛い唇を指先でちょんとつつく。
どちらともなく笑い出すあたしたちを見て、咎められかけていた支配人は、矛先がよそに向いたことに小さく安堵の息をついた。
支配人との打ち合わせを終えて、改めてドレッサーの鏡にぐっと顔を近付ける。
ステージ用のメイクはしぶとく、汗だくで動き回ってもほとんど崩れていない。
それでも、外に出る前は入念なチェックを怠らない。
スポットライトが追いかけてこない現実では、些細なことで男を幻滅させかねない。
女であることに自信と誇りを持っていた方が、男たちは喜んでくれるのだ。
ふと、脳裏に白いスーツ姿がちらついた。
彼はどんなメイクを喜ぶのかしら。
この街のネオンを思わせるような大粒のアイシャドウ?
情熱的に染まって見える濃い口紅?
マゼンタのグリッターをチップに取ってから、手を止める。
清潔感のあるあの人の隣に立つのなら、色味が淡く落ち着いたメイクの方がきっといい。
ドレスだって、こんなに肌が出ているのはだめだ。
彼のかっちりとしたスーツと並ぶと、あたしばかりが下品に見えてしまう。
そうね、かろうじて着られるものといえば、買ったものの一度も着ないでクローゼットにしまった、あたしにしてはシックな形の、ネイビーのワンピースだわ。
「どうしたのクルト、手が止まってるわよ。大丈夫。そのグリッター、あんたによく似合うから」
通りすがりの声を聞き、我に返った。
一体何を考えているんだろう。
誰か一人の為にメイクを直すなんて、あたしらしくもない。
気を取り直してチップをつまみ、寒い中であたしを待つ大勢の恋人たちの為の化粧を再開した。
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