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音を立てて吹く風は薄い衣装をやすやすと通り抜けて、すぐにあたしを震え上がらせた。
けれど、ホワイトナイトですれ違う赤の他人と同じくらい不愛想なその吹き方は、頭を冷やすのにちょうどよかった。
なかなかつかないライターをしつこく擦り、やっとのことでタバコの先を赤くした。
暖を取るには心許ない小さな火だけれど、それがぽつんと灯っただけで、ざわついていた胸が落ち着いていくのがわかった。
時間をかけてタバコを吸いながら、裏手のビルをぼんやり眺める。
先日お盛んな二人がもたれかかっていた窓は暗いままで、営業中であるはずの店舗の方までひっそりと息を潜めているように思えた。
あそこで楽しそうに遊んでいたあの子はどうしただろう。
可愛がってくれていたオーナーにこってり絞られて、泣いていなければいいけれど。
自分が引き金となってもたらした不幸であることを棚に上げてちらりと同情したけれど、すぐにどうでもよくなった。
貴重な息抜きの時間をちっぽけな感傷に浸るために使う、なんてもったいない話だ。
それよりも他に、あたしには考えなければならないことがある。
ろくに顔も知らない人間への思いは紫煙に巻いて吐き出して、夜の乾いた風で飛ばした。
どこからともなく聞こえてくる女の悲鳴じみた笑い声や男の下品な怒声を聞き流し、二本目のタバコを口にくわえた。
けれどかじかむ指でライターを擦る気にはならず、上下に揺さぶって遊びながら手すりにもたれかかった。
楽屋では何でもない風に装ったけれど、ステージ上での失敗をあたしはかなり気にしていた。
途中で動きを忘れるどころか、歩くことすらできなくなるなんて、今までにない大失態だ。
自分でも信じられない。
それもこれも、あんなにあたしからよく見えるところに、いないと思っていた姿があったからだ。
彼は、決して座り心地がいいとはいえない観客のシートに、まるでしつけられた賢い犬のように姿勢を正して座っていた。
また来てくれるとは言っていたけれど、まさか本当に、昨日の今日で現れるとは思わなかった。
まるで、あたしの恋人になりたがる大勢のうちの一人のようだ。
かくかく揺れるタバコの先端から視線を外し、暗くなりきれない中途半端な夜の断片をぼんやり見つめる。
もしかして、大勢のうちの一人のよう、ではなくて、実際にそのうちの一人になってしまったのだろうか。
昨晩あたしの誘いを辞退したものの、上質なホテルに戻り一晩じっくり考えてみたら、旅先の思い出としてあたしと遊ぶのも悪くないと思えた、とか。
なるほど、それなら納得だ。
こちらとしても、一晩で清算できるわかりやすい関係に落ち着いてくれるのが望ましい。
そうであれば、余計なことを考えずに手放しで没頭できる。
昨晩がそれなりに楽しかったのは事実だけれど、彼も男なんだから毎晩あんな風というわけにはいかないだろう。
それなら、手っ取り早くいつもと同じ夜になってしまった方がいい。
毎晩大勢の男に囲まれる女の記憶力なんて、たいしたものではないのだから。
彼の思惑を想像し、可能性として一番高いものと強引に紐づけて、自分を頷かせる。
男があたしに求めるものなんて、いつも決まって同じものだ。
今までに誰一人として例外はなかった。
だから、今回だってそうなんだ――。
そんな頑なな考えへ、一抹の寂しさや空しさが水を差す前に、頭を横に振って思考をシェイクした。
結局タバコには火をつけないまま寒さの限界がきた。
口紅の跡がついただけのタバコを空き缶に落とし、震える肩を抱いて息を吐く。
冷えた吐息は紫煙よりも濃く、隣のビルの情事の覗き窓を束の間見えなくさせた。
あたしは感情に流されるなんて愚かなことは絶対にしない。
あたしはクルトだ。
キャッシュマクレーのクルトに、怖いものなんて何もないんだ。
誰に宣言するでもなく強く思い、隣のビルを睨みつけて立ち上がった。
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