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ラブラビットを卒業したあたしは、今ではトップバッターを務めるまでに成長した。
あたしがラブラビットだった頃、鮮やかなライトに負けないマージや先輩ショーガールたちに強く憧れていた。
ステージに立つことに誇りを持ち、客席から途切れることのない歓声を受けて輝く姿は、今も鮮明に思い出すことができる。
あたしも少しはあの頃の先輩たちに近付けているだろうか。
幼いラブラビットが今のあたしを見たら、かっこいいと思ってくれるだろうか。
今夜は、スノウホワイトが大きく手を打ち鳴らすのを合図に、緞帳が一気に落ちる演出だった。
幕の奥に控えるあたしたちは、ライトの光をものともせずに強気にステージを闊歩し、即座に観客を魅了するのだ。
あと一分もしないうちに出番がくる。
高まる熱気を幕の向こうから感じ、肌がぴりぴりして落ち着かない。
今夜最初の演目はサディスティックがテーマだ。
露出の多いレザーの衣装に身を包み、ヒールの高いブーツでステージを叩いて観客たちを挑発する。
小道具にも凝っていて、拡声器や警棒を持つ子がいれば、手錠で繋がれた二人もいる。
あたしは鞭を手に客席に迫る、看守のような役割だ。
刺激的なこの演目は人気が高く、もう何度も演じたことがあった。
音楽を聞いただけで、攻撃的な気持ちになるくらいだ。
V字の列の真ん中に立ち、後ろに続くショーガールたちへ視線を送る。
マージはステージに上がる直前、仲間へ「存分に楽しむんだよ」と微笑みかける。
それに励まされリハーサルより輝く子は多かったし、あたしもそのやり方は好きだった。
でも同じことをするのはつまらないから、あたしはいつも「観客を一人残らず虜にするのよ」と仲間たちをけしかけるようにしていた。
幕が落ちる三十秒前。
グロスをたっぷり乗せた唇を鳴らし、指先でリズムをとり、その時を待つ。
ピアノの音を跳ね上げる可愛らしい曲の終わりで、スノウホワイトが愛嬌たっぷりに腕を振り、その手を鳴らすことになっている。
予定通りのタイミングで、ぱちんという音が聞こえ、今までの雰囲気から一転してスピーカーからダークな音楽が流れ始めた。
それを聞き、常連の客が歓声を上げる。
重量のある緞帳が落ちる瞬間、息を止めて目を閉じた。
空気を震わす重苦しいドラムやベースを聞きながら、足元に感じる熱に思わずため息をつく。
ステージ上のあたしたちの影を背後のスクリーンに投影するために、下から強くライトがたかれているのだ。
くり抜かれた五つのシルエットが、実物よりずいぶん大きく映し出されていることだろう。
首輪やビスチェ、ベルトやブーツにあしらわれたガラス玉が、光を四方に分散させる。
落ちた幕を、左右の舞台袖に潜んだ兄弟が素早く回収する音が聞こえる。
ステージ上が一度暗転し、足元の強いライトが、ステージ全体を照らすものに変わった。
くり抜かれている間静止していた身体を、五人同時に動かし始める。
ある子はきつく巻いた髪をかき上げ、ある子はブーツの爪先を上下させる。
あたしは目深にかぶっていた軍帽を客席へ飛ばして、左右の四人を率いて前進する。
いつもなら、そうだった。
何度もこなしたこの演目で、タイミングを誤るなんてあるはずがなかった。
仲間へ向けた挑発は、あたし自身の気持ちも盛り上げ、奮い立たせたはずだった。
薄く目を開いて客席の様子を窺っていると、ロキオが「これから明るくなるぞ」と後方のライトを一瞬点滅させた。
観客の目をくらませるために、ライトの明度を一気に上げるのだ。
それに備えて再度目を閉じようとした時、視界の端に白い光がちらついたような気がした。
その正体を見破ろうと、伏せかけた目を開いた。
隣にいるショーガールの姿すら霞む光の量だ、客席なんか見えるはずがない。
けれど、確かにちかりと光ったんだ。
それがあたしの記憶にあるものと同じであれば、闇が落ちた客席の中に、昨晩の清潔な色が。
睨みつけるようにして細めた視界の中に、その色を見つけた。
半円状の客席の真ん中、ステージ全体を見渡すことができる後方から三列目に、白いスーツ姿があった。
その人の瞳を見つめる前に、一際強いライトが目の奥までもを貫いた。
痛みを覚える程の光量に、ふっと集中力が途切れる。
頭で理解するより早く、心が引っ張られた。
間違いない、昨晩の彼だ。
真っ白いスーツに身を包んだジェントルマンが、今夜もマクレーに現れた。
彼を見て芽生えたのは、自分でもよくわからない感情だった。
嬉しいようであり、悲しいようであり、興奮しているようであり、たまらなく不愉快のようでもあった。
ライトが身体から離れたタイミングを見計らって、再び客席を見た。
曖昧に揺れる心をどこかに定めたくて、くらんだ視界の中で彼を捜す。
もう一度見つめ合えば、彼が何かしらの答えを教えてくれるような気がした。
あたしの気持ちを引き戻したのは、甲高い指笛の音だった。
鋭い音に脳を揺さぶられ、はっと我に返る。
目を動かすと、あたしを置き去りにしてステージの前方に立つ四人の背中が見えた。
誰もこちらを見てはいない。
でも全員が同じことを考えているのがわかる。
「早く来ないとあんたの出番を食っちまうわよ」、と。
よくも犬のしつけに使うような指笛で、あたしを呼んでくれたわね。
あたしはまだこの場所を譲るつもりはない。
ほんの一瞬、前が見えなくなっただけよ。
返事の代わりに手にしていた鞭で床を叩き、四人を追い詰めるような勢いで、あたしは十センチのヒールを高慢に鳴らした。
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