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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
3.一方通行
32/67

3-4


 ラブラビットを卒業したあたしは、今ではトップバッターを務めるまでに成長した。



 あたしがラブラビットだった頃、鮮やかなライトに負けないマージや先輩ショーガールたちに強く憧れていた。

ステージに立つことに誇りを持ち、客席から途切れることのない歓声を受けて輝く姿は、今も鮮明に思い出すことができる。

あたしも少しはあの頃の先輩たちに近付けているだろうか。

幼いラブラビットが今のあたしを見たら、かっこいいと思ってくれるだろうか。



 今夜は、スノウホワイトが大きく手を打ち鳴らすのを合図に、緞帳が一気に落ちる演出だった。

幕の奥に控えるあたしたちは、ライトの光をものともせずに強気にステージを闊歩し、即座に観客を魅了するのだ。



 あと一分もしないうちに出番がくる。

高まる熱気を幕の向こうから感じ、肌がぴりぴりして落ち着かない。



 今夜最初の演目はサディスティックがテーマだ。

露出の多いレザーの衣装に身を包み、ヒールの高いブーツでステージを叩いて観客たちを挑発する。

小道具にも凝っていて、拡声器や警棒を持つ子がいれば、手錠で繋がれた二人もいる。

あたしは鞭を手に客席に迫る、看守のような役割だ。

刺激的なこの演目は人気が高く、もう何度も演じたことがあった。

音楽を聞いただけで、攻撃的な気持ちになるくらいだ。



 V字の列の真ん中に立ち、後ろに続くショーガールたちへ視線を送る。



 マージはステージに上がる直前、仲間へ「存分に楽しむんだよ」と微笑みかける。

それに励まされリハーサルより輝く子は多かったし、あたしもそのやり方は好きだった。

でも同じことをするのはつまらないから、あたしはいつも「観客を一人残らず虜にするのよ」と仲間たちをけしかけるようにしていた。



 幕が落ちる三十秒前。

グロスをたっぷり乗せた唇を鳴らし、指先でリズムをとり、その時を待つ。

ピアノの音を跳ね上げる可愛らしい曲の終わりで、スノウホワイトが愛嬌たっぷりに腕を振り、その手を鳴らすことになっている。

予定通りのタイミングで、ぱちんという音が聞こえ、今までの雰囲気から一転してスピーカーからダークな音楽が流れ始めた。

それを聞き、常連の客が歓声を上げる。



 重量のある緞帳が落ちる瞬間、息を止めて目を閉じた。

空気を震わす重苦しいドラムやベースを聞きながら、足元に感じる熱に思わずため息をつく。

ステージ上のあたしたちの影を背後のスクリーンに投影するために、下から強くライトがたかれているのだ。

くり抜かれた五つのシルエットが、実物よりずいぶん大きく映し出されていることだろう。

首輪やビスチェ、ベルトやブーツにあしらわれたガラス玉が、光を四方に分散させる。



 落ちた幕を、左右の舞台袖に潜んだ兄弟が素早く回収する音が聞こえる。

ステージ上が一度暗転し、足元の強いライトが、ステージ全体を照らすものに変わった。

くり抜かれている間静止していた身体を、五人同時に動かし始める。

ある子はきつく巻いた髪をかき上げ、ある子はブーツの爪先を上下させる。

あたしは目深にかぶっていた軍帽を客席へ飛ばして、左右の四人を率いて前進する。

いつもなら、そうだった。



 何度もこなしたこの演目で、タイミングを誤るなんてあるはずがなかった。

仲間へ向けた挑発は、あたし自身の気持ちも盛り上げ、奮い立たせたはずだった。



 薄く目を開いて客席の様子を窺っていると、ロキオが「これから明るくなるぞ」と後方のライトを一瞬点滅させた。

観客の目をくらませるために、ライトの明度を一気に上げるのだ。

それに備えて再度目を閉じようとした時、視界の端に白い光がちらついたような気がした。



 その正体を見破ろうと、伏せかけた目を開いた。

隣にいるショーガールの姿すら霞む光の量だ、客席なんか見えるはずがない。

けれど、確かにちかりと光ったんだ。

それがあたしの記憶にあるものと同じであれば、闇が落ちた客席の中に、昨晩の清潔な色が。



 睨みつけるようにして細めた視界の中に、その色を見つけた。

半円状の客席の真ん中、ステージ全体を見渡すことができる後方から三列目に、白いスーツ姿があった。



 その人の瞳を見つめる前に、一際強いライトが目の奥までもを貫いた。

痛みを覚える程の光量に、ふっと集中力が途切れる。



 頭で理解するより早く、心が引っ張られた。

間違いない、昨晩の彼だ。

真っ白いスーツに身を包んだジェントルマンが、今夜もマクレーに現れた。



 彼を見て芽生えたのは、自分でもよくわからない感情だった。

嬉しいようであり、悲しいようであり、興奮しているようであり、たまらなく不愉快のようでもあった。



 ライトが身体から離れたタイミングを見計らって、再び客席を見た。

曖昧に揺れる心をどこかに定めたくて、くらんだ視界の中で彼を捜す。

もう一度見つめ合えば、彼が何かしらの答えを教えてくれるような気がした。



 あたしの気持ちを引き戻したのは、甲高い指笛の音だった。

鋭い音に脳を揺さぶられ、はっと我に返る。

目を動かすと、あたしを置き去りにしてステージの前方に立つ四人の背中が見えた。

誰もこちらを見てはいない。

でも全員が同じことを考えているのがわかる。

「早く来ないとあんたの出番を食っちまうわよ」、と。



 よくも犬のしつけに使うような指笛で、あたしを呼んでくれたわね。

あたしはまだこの場所を譲るつもりはない。

ほんの一瞬、前が見えなくなっただけよ。



 返事の代わりに手にしていた鞭で床を叩き、四人を追い詰めるような勢いで、あたしは十センチのヒールを高慢に鳴らした。



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