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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
3.一方通行
31/67

3-3


 あたしはその初々しい高揚感を今でも胸の中に大切に取っていて、ステージに上がる度にそっと取り出すようにしている。

ステージは不思議だ。

そこに上がってライトを浴びると、いつものあたしが身体から抜けて、まったく別のあたしが息を吹き込まれたような感覚になる。

毎晩その入れ替わりを体感する度、あたしは今ここで生きているのだということを強く実感する。



 今夜初めてステージに上がる新米のライヴァは、支配人や他のショーガールたちから「クルトに似ている」と言われている子だ。

ライヴァの方がずっとやわらかい顔立ちをしているけれど、確かに背丈や身体つきは似ていると自分でも思う。

いつだったか、遊び半分で衣装を取り替えて着てみたら、イルがそれぞれの身体に合わせて作ったものにも関わらず、ほとんど違和感がないくらいだった。



 客席に漂う高揚を割いて、幕上げのステージが始まった。

ライヴァの為に作られた演目は、スノウホワイトの童話を元にしたものだ。

黒髪のボブのウィッグをかぶって真っ赤な口紅を塗り、手には小道具のりんごを持っている。



 あたしはさっき観客を眺めた場所で、スノウホワイトの初舞台を見守ることにした。

ライヴァは緊張で表情を固くしながらも、丁寧でミスのないパフォーマンスを続けた。

世間知らずで怖いものなしの女の子をうまく表現していて、観客もライヴァの動きを楽しそうに目で追っていた。



 曲が半分くらい進んだ時、アクシデントが起きた。

それは高く放り上げたりんごを両手で見事にキャッチする、というシーンだった。

ライヴァは緊張のせいか、練習の時よりも力いっぱいりんごを放ってしまった。

宙でくるくる回るりんごは、放られた時より勢いをつけて落ちてきて、受け止めようとしたライヴァの手の器の中を弾み、水っぽい音を立ててステージに落ちた。



 あたしの背後や、向かい側の袖でステージを見守っていた誰もが息を呑む。

あたしもフォローに出た方がいいだろうかと瞬時に身構えた。

けれど、キャッシュマクレーのスノウホワイトはそんなにやわじゃなかった。

ライヴァは無残に砕けたりんごを見下ろして大げさに驚き、「一体誰がこんなひどいことをしたの?」と観客を叱るアクションをしてみせた。

更に「私がりんごを粉々にしたって? まさか。か弱い私にそんなことができるもんですか」と身振り手振りで観客に訴えかけ、つんと唇を尖らせた。

腰に手を当ててとぼけるライヴァを見て、客席から笑いが上がる。

その後気を取り直したようにりんごの横にしゃがみ、「でも、喉が渇いていたからちょうどよかったわ」というように、破片の一つを口にした。

それは、自分のしたことがいたずらだとは思わない子猫のように愛らしい仕草だった。



 初めてのステージであれだけできれば上出来だ。

ステージ上でも小さくならず図太くいられるところも、あたしと似ているかもしれない。

まだ若いショーガールの可能性を見たような気がして、自然と笑みがこぼれる。

ライヴァは今に人気が出るだろう。



 あたしは安心してステージから目を離し、近付いてきた自分の出番に向けて気持ちを切り替えた。



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