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人間の身体の半分以上は水でできている。
いつか誰かから、そんな話を聞いたことがある。
その時は、皮膚の下に水が詰まっているのを想像して、そんなばかなと笑った。
若い肌には弾力があるけれど、水の感触じゃない。
ひょっとして、お世辞にも頭がいいとはいえないあたしを騙そうとしてる? と、そんな話をしたいつかの恋人を疑ったものだ。
建物を揺さぶる程の大音量の音楽を全身で感じている今、それがうそではなかったのだと実感している。
身体中の水分を揺する重低音は、指や鼻の頭、まつ毛の先、髪の毛まで細かく震わせている。
リズムに合わせて指先で身体を叩きながら姿見を覗き込む。
今夜の最初の衣装は最近新調したばかりで、これを着てステージに上がるのは今日が初めてだ。
身体に馴染むビスチェのドレスは、衣装係のイルがあたしのためにデザインしてくれた。
腕も足もむき出しで、お日様の下ではとても着られない。
それを堂々と身にまとっても許されるのは、ここが日常とかけ離れた空間だからだ。
鏡の中で、隙のないおめかしをした女があたしを見ている。
その猫目を見つめながらきつく巻いた髪を撫で、グロスが乗った唇を開閉し、くるりと回ってスカートのめくれ具合をチェックする。
どんな動作も真似るその女と毎晩見つめ合ううちに、けばけばしい姿にもすっかり慣れてしまった。
そう、これがあたしだ。
キャッシュマクレーという小さな劇場で男たちを眩い夢へといざなう、ショーガールのクルトだ。
ずんずんという低い音の中、近付いてきた靴音が背後で止まった。
「熱心に鏡を覗き込んでどうした? そんなに睨みつけなくても、お前は今夜も美しいよ」
鏡越しに微笑みかけるのはこの劇場の支配人だ。
黒地にシルバーのストライプラインが入ったスーツに身を包み、上機嫌であたしを見ている。
ふくよかなその身体から爽やかな芳香が立ちのぼる。
パフューマーに作らせているという自慢の香水の香りだ。
「ありがとう支配人。あなたにそう言ってもらえると自信が湧くわ」
栄養が行き届いた贅沢な身体を揺すり、支配人があたしの肩を抱く。
その笑みは幼く、やけに母性がくすぐられる。
あたしが支配人に対して感じるのは、男の魅力というよりも女にやる気を出させる何かだ。
「今夜もステージを盛り上げるお前に、ささやかなプレゼントだよ」
持ち上げられた右手にするりと冷たい感触があった。
目の高さに掲げた腕には、自分の顔が映る程に輝くゴールドのバングルが二本絡みついていた。
「きれい。この衣装にぴったりね。さすが支配人だわ」
あたしの反応を見て、支配人は満足そうにうんうんと頷き、勝気に唇を持ち上げた。
「いいか、クルト。ライトを浴びている間は、本当のお前をちらりとも見せるんじゃないぞ。お前は男たちにとって、一輪の可憐なバラであり、手の届かない大粒の宝石なんだ。自分を安売りせず、けれど瞳と動作ではめいっぱい媚びて、ホールにいる全員を虜にするんだ。さぁ、もうじき出番だぞ。今夜も最高のステージを見せてくれ」
返事の代わりにバングルを鳴らし、背筋を伸ばしてぐっと胸を張る。
あいにくこの小柄な身体は、めいっぱい伸ばしたところで大した迫力はない。
でもそれはスポットライトの光が届かないところでの話だ。
巧みに操られるライトをひとたび浴びれば、あたしはたちまち存在感のある女へと変貌する。
夜通し眩しいこの街の中でも、見劣りしない女へと。
真っ赤な唇をすぼめて支配人の頬に真似ごとのキスをして、ステージへと続く階段を高いヒールで鳴らした。
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