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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
1.日常
3/67

1-2


 人間の身体の半分以上は水でできている。

いつか誰かから、そんな話を聞いたことがある。

その時は、皮膚の下に水が詰まっているのを想像して、そんなばかなと笑った。

若い肌には弾力があるけれど、水の感触じゃない。

ひょっとして、お世辞にも頭がいいとはいえないあたしを騙そうとしてる? と、そんな話をしたいつかの恋人を疑ったものだ。



 建物を揺さぶる程の大音量の音楽を全身で感じている今、それがうそではなかったのだと実感している。

身体中の水分を揺する重低音は、指や鼻の頭、まつ毛の先、髪の毛まで細かく震わせている。



 リズムに合わせて指先で身体を叩きながら姿見を覗き込む。

今夜の最初の衣装は最近新調したばかりで、これを着てステージに上がるのは今日が初めてだ。

身体に馴染むビスチェのドレスは、衣装係のイルがあたしのためにデザインしてくれた。

腕も足もむき出しで、お日様の下ではとても着られない。

それを堂々と身にまとっても許されるのは、ここが日常とかけ離れた空間だからだ。



 鏡の中で、隙のないおめかしをした女があたしを見ている。

その猫目を見つめながらきつく巻いた髪を撫で、グロスが乗った唇を開閉し、くるりと回ってスカートのめくれ具合をチェックする。

どんな動作も真似るその女と毎晩見つめ合ううちに、けばけばしい姿にもすっかり慣れてしまった。



 そう、これがあたしだ。

キャッシュマクレーという小さな劇場で男たちを眩い夢へといざなう、ショーガールのクルトだ。



 ずんずんという低い音の中、近付いてきた靴音が背後で止まった。



「熱心に鏡を覗き込んでどうした? そんなに睨みつけなくても、お前は今夜も美しいよ」



 鏡越しに微笑みかけるのはこの劇場の支配人だ。

黒地にシルバーのストライプラインが入ったスーツに身を包み、上機嫌であたしを見ている。

ふくよかなその身体から爽やかな芳香が立ちのぼる。

パフューマーに作らせているという自慢の香水の香りだ。



「ありがとう支配人。あなたにそう言ってもらえると自信が湧くわ」



 栄養が行き届いた贅沢な身体を揺すり、支配人があたしの肩を抱く。

その笑みは幼く、やけに母性がくすぐられる。

あたしが支配人に対して感じるのは、男の魅力というよりも女にやる気を出させる何かだ。



「今夜もステージを盛り上げるお前に、ささやかなプレゼントだよ」



 持ち上げられた右手にするりと冷たい感触があった。

目の高さに掲げた腕には、自分の顔が映る程に輝くゴールドのバングルが二本絡みついていた。



「きれい。この衣装にぴったりね。さすが支配人だわ」



 あたしの反応を見て、支配人は満足そうにうんうんと頷き、勝気に唇を持ち上げた。



「いいか、クルト。ライトを浴びている間は、本当のお前をちらりとも見せるんじゃないぞ。お前は男たちにとって、一輪の可憐なバラであり、手の届かない大粒の宝石なんだ。自分を安売りせず、けれど瞳と動作ではめいっぱい媚びて、ホールにいる全員を虜にするんだ。さぁ、もうじき出番だぞ。今夜も最高のステージを見せてくれ」



 返事の代わりにバングルを鳴らし、背筋を伸ばしてぐっと胸を張る。

あいにくこの小柄な身体は、めいっぱい伸ばしたところで大した迫力はない。

でもそれはスポットライトの光が届かないところでの話だ。

巧みに操られるライトをひとたび浴びれば、あたしはたちまち存在感のある女へと変貌する。

夜通し眩しいこの街の中でも、見劣りしない女へと。



 真っ赤な唇をすぼめて支配人の頬に真似ごとのキスをして、ステージへと続く階段を高いヒールで鳴らした。



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