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初めてだらけの夜が終わり、迎えた翌日。
その日はマージが休みで、あたしがキャッシュマクレーの看板だった。
ステージのプログラムと出演者は毎日門前の掲示板に貼り出され、マクレーに入らなくても誰が出演するのかわかる仕組みになっている。
今夜、ステージの袖から眺める客席に、当然ながらマージのファンは少なかった。
けれど満席にはならないながらも、それなりに客の入りはいい。
マージ不在の夜は必然的にあたしや他のショーガールの出番が増えるため、それを目当てに訪れるファンもいるからだ。
今夜のプログラムの中には、好きなものも苦手なものもある。
好きなものは、エキゾチックな音楽も露出の多い衣装も好みで、最初から最後まで楽しんでいられる演目だ。
反して苦手なものは、スローテンポに加え変拍子の曲で、一度タイミングを逃すと戻ることが難しく、いつも以上に精神を張り詰めなければならないものだった。
とはいえ、取り繕うのがうまいあたしのささやかなミスに、マージ以外は誰も気がつかない。
マージがいない夜は、失敗してもくどくどとお説教をされる心配がないから気が楽だった。
誰にも咎められない今夜、少し無茶をしてみようかしら。
マージがいる夜はできないあれやこれやを思い浮かべた後、そういう風に考えているから、いつまで経ってもマージに叱られてしまうのかもしれないと思った。
通りかかった支配人が、あたしの肩越しにホールを覗いて言った。
「どうしたんだクルト、熱心に客席を見て。ひょっとしてタイプの客でもいたのか?」
「やぁね支配人ったら。あなたのクルトは、ステージ前からお客を吟味する程、見境ない女じゃないでしょ? お客様の入り具合を確認してただけよ」
「客の入り、ねぇ。お前がそんなことを言うなんて、成長したもんだな」
「あらやだ。あたしだってマクレーの一員だもの。お客様の反応はいつも気にしてるわ。ステージ上で失敗したらどうしようって怯えるし、人並みに緊張だってするのよ。ふてぶてしい態度とは裏腹に、内面はそれなりに繊細にできてるんですからね」
「そいつは失礼したね。いつもありがとう、俺の可愛いクルト。今夜の活躍も大いに期待しているよ」
演技じみたキスとウインクを投げて、支配人はアレルの呼び声に応えて引っ込んだ。
タイプの客でもいたか、ですって?
ええいるわよ。
あたしに熱を上げる男は、みんなタイプでみんな恋人候補だもの。
そのくくりの中に、昨晩の白い彼を含めるか迷った。
あの人は、今まで出会ったどんな男とも違う、不思議なタイプの人だった。
下心に満ちた男たちに紛れてあたしを待っていたくせに、誘いに乗らずにあっさり帰っていった。
何が彼をそうさせたのだろう。
欲望をさらけ出すのに最適なこの街でまで、紳士でいる必要はないのに。
そんな風に思うものの、ストイックな姿勢が好印象だったのは確かだ。
毎晩来るようなことを言っていたけれど、今夜も姿を見せるのだろうか。
開演五分前になっても客席に白いスーツが現れないのを見て、今夜のところは彼をタイプには含めないことにして楽屋に戻った。
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