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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
2.出会い
26/67

2-13


 一緒に車に乗っている短時間のうちに、あたしはこの老紳士のことを気に入り始めていた。

恋人の前では、甘えたり心をさらけ出した顔を見せてはいても、あたしなりにトラブルに巻き込まれることを警戒して、いつも気を張っていた。

けれどこの老紳士と話していると、先を見越して計算したり、余計なことを考えずにただ会話を楽しむことができているような気がした。

ほどほどに話を切り上げてベッドに向う、といういつもの算段をしなくていいことに加え、老紳士に特有のぎらつきがないことにどこかほっとしている自分がいる。

何より、その言動や動作の端々から、不慣れな夜更かしを精いっぱい楽しんでいる健気さが見え隠れして、色々手ほどきをしたくなっていた。

この人からは、年長者にありがちの知ったかぶりや偉そうな態度なんて微塵も感じられない。

未経験であることを隠そうとせず、遠慮がちにでも挑戦しようとしているのが微笑ましくもあった。



「ホワイトナイトをドライブしたい」というあたしの要望を叶え、車は暗くなった街の中をぐるぐる回っていた。

あたしは取り留めのない会話をいつまでも続けていたかったけれど、老紳士は夜が更けるのを気にかけている様子だったから、その意思を汲んでようやく目的地をアパートに定めた。

慣れない街の、それも夜道を走らせて疲れただろうと思い、丁寧にアパートまでの道案内をした。



 あれほど冷えていた身体が汗ばむ程になった頃、あたしの誘導で車は静まったアパート街の路肩にゆっくりと停車した。

老紳士は助手席へ回ってあたしを下ろしてから、後部座席に山積みになっていた荷物をすべて抱えようとした。



「あたしの部屋は四階でエレベーターもないの。螺旋階段もあまりなだらかじゃないから、全部持ったら危ないわ」



 あたしの助言に従い、老紳士は三分の一程度の荷物を抱え直した。

あたしはやっぱり軽いものしか持たせてもらえず、その分車のドアを閉めたり、アパートの共有のドアを開けたり、階段で時折振り向いて老紳士に危険がないか確認したりした。



 部屋のドアを開けて電気をつけ、自分が入るよりも先に老紳士を通した。

荷物の隙間から足元を見下ろし、老紳士は玄関口に抱えていたものを下ろした。

そんなに丁寧に扱わなくてもいいのに、と口を挟みたくなる程、その動作は慎重だった。

それからあたしに部屋に残るように言い、老紳士は二度、三度と往復して、四度目でようやくすべての荷物を運び終えた。

老紳士が行き来している間、あたしは玄関に置かれた荷物をせっせと移動させ、その作業がやりやすいように動き回った。



 最後の荷物を下ろした時、老紳士の呼吸はすっかり荒くなっていた。

もちろんそれは、獰猛な気配など微塵もない、正常な身体の反応によるものだった。



 息を整えながら、老紳士は車内でした会話よりもずっとテンポの遅い調子で言った。



「あなたは、毎晩、こんなにたくさんの、贈り物を?」

「今夜は特別なの。歌った夜はいつもより増えるから」

「なるほど。贈り物をする方の気持ちが、よくわかります。あなたの歌は、遠い昔の青春時代まで、気持ちを連れて行ってくれました」

「ありがとう。あなたの青春旅行のお供ができて光栄だわ」



 老紳士は、過去に遡ってどんなことを思い出したのだろう。

それはきっとあたしが体験できなかった、甘酸っぱいけれど幸福に満ちた日々に違いない。



 まだ切れている息を強引に整え、老紳士は胸を張って顎を引き、きれいな姿勢であたしに向き直った。



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