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「マクレーのステージはどうだった? 楽しんでいただけたかしら」
「ええ、とても。ショーに出ていた女性はもちろん、チケットを販売したり、場内で案内に立つ男性も楽しそうでした」
「チケットボックスにいたのはマクレーの支配人よ。人好きのする笑顔の人でしょう? でも怒るととっても怖いの」
「怖いと言えば、ステージ後の護衛に立っていた二人の男性は専属のガードマンですか?」
「アレルとジョーのことね。いいえ、あの二人のメインの仕事はステージの設営なの。二人は血の繋がった兄弟で、作業の息もぴったり合ってるのよ。見かけの通り腕っぷしも強いから、ああやってガードも務めているの。ポーチに出ている時は意識して怖い顔をしてるけど、本当は気さくで賑やかな兄弟よ」
「キャッシュマクレーには、他にも男性がいるんですか?」
「裏方は全員男なの。
照明兼音響係のロキオ、衣装係兼スタイリストのイル、雑務係のダズ、みんな頼りになる仲間よ。
ロキオは恋多きギャンブラーで、仕事の腕前を買われてマクレーに来たんだけど、最初の頃は口も行動も軽くてあたしたちショーガールに片っ端から声をかけてたの。
支配人にこっぴどく叱られてからはしなくなったけどね。
服飾や化粧品が好きなイルは、プライドが高くいつも完璧な仕事をするわ。
マージの次に口がたつから、分が悪い交渉に同席することもあるくらい。
ダズはみんなの弟分で、からかわれ役なの。
数いるショーガールの中で、誰よりもあたしを慕ってくれてる可愛い子よ」
機嫌よく語るあたしの話を、老紳士は口を挟まず聞いている。
暗い車内でも、彼がにこやかでいるのが雰囲気で伝わってくる。
「ポーラーに来て、マクレー以外にはどこへ行ったの?」
「初めて足を踏み入れた昨晩は、最初にパサモンテというレストランへ入りました。検問所を抜けてすぐの、右手にある店です」
「入り口に二体の甲冑が立ってるところね。メニューに載ってるすべてが辛いっていう」
「ええ、そこです。本当に、何を食べても舌が痺れる程に辛くて驚きました。
私は辛いものがあまり得意ではないので、食事を終えるのに随分時間をかけてしまいました。
昨晩は車ではなく徒歩で街に入ったので、食事を済ませてからはゆっくりと街を見て回りました。
とはいえ、老いぼれの歩くスピードなんてたかが知れていますから、初日はレストランが並ぶ界隈と、劇場の外観を眺めて歩くだけで終わってしまったのですが。
その時にすれ違った男性がキャッシュマクレーのことを話していたのを聞いて、二日目である今晩はそれだけを目的に車で来ました。
街の奥に進めば進む程ネオンが眩しくなって、前を向いて運転していても目がちかちかしましたよ。
時間に余裕をもってキャッシュマクレーに着いた、まではよかったのですが、駐車場がほとんどなく、あっても満車で参りました」
「でも、通りから目につかない場所に停めることができてよかったわ。ポーラーは走りにくい街だし、色々と制限されるから車で来る人間はほとんどいないの。エリアの奥の方は、車では入ることのできない路地も多いし」
「そうだったのですか。肝に銘じます」
「マクレーに辿り着く前に、ピンクネオンの方に迷い込まなかった? 道を一本奥に行くともうストリップエリアに入るから」
老紳士は声音に紛れもない照れを含ませて、少しだけ声を小さくした。
「仰る通り、一度極彩色のネオンの中に入ってしまいました。それまでとはがらりと雰囲気が変わって、驚いてすぐに逃げ出しましたが」
「せっかくだから見て回ったらよかったのに。中には危ない店もあるけど、ちゃんとしたところも多いのよ。恥ずかしがることなんて何もないわ。ポーラーは、そういうところだから。迷惑でなければ、優良な店を紹介しましょうか」
羞恥心を落ち着かせようとあっけらかんと言ってみたけれどあまり効果はなく、老紳士は車のエンジン音にかき消される程の声で言った。
「ええ、その、……そういった話題は、お許しください」
まるで既に罰を受けている少年に更なる責め苦を味わわせるような気になって、あたしも慌てて謝った。
「ごめんなさい、余計なことだったわね。もう言わないわ。なら話を変えましょう。そうね、カジノエリアへは行ってみた?」
話の矛先が健常な方へ戻ったことに安堵し、老紳士は落ち着いた物腰を取り戻した。
「はい。キャッシュマクレーの場所を確認してから、まだ時間があったので少し車を走らせました。メインストリートを走っただけで、車は下りていませんが」
「賭け事に興味がおありなのかしら?」
「今まで体験したことはありませんが、興味はあります」
「それなら今度一緒に行きましょうよ。カジノエリアにもいい店と悪い店があるから、あなたがカモにされないように守ってあげるわ。自分で言うのもなんだけど、あたし結構強いのよ」
あたしが振る話題に、老紳士は心地いいテンポで返事をくれる。
それは若い恋人たちのようにぽんぽん弾むものではないものの、言葉の内容を一度頭の中で吟味する間を許してくれるような大らかさがあって、かえって話しやすかった。
聞き手に回るのはいつものことだけれど、それに対する返答が普段よりも多く飛び出していく。
初めて繁華街に踏み込んだ少年の手ほどきをするようで楽しかった。
「ポーラーナイトはあなたに気に入っていただけたかしら」
「ええ。とても」
「嬉しい。それじゃあしばらくは滞在していられる?」
「はい。出発当初の予定ではいくつかの街を回るつもりでいましたが、それを取りやめてここにいようと思います。今まで仕事一辺倒の生活で、こういう夜の街には縁遠かったのですが、せっかくなので多少無茶をしてみたくなりました。いい年をした男が、恥ずかしいことですが」
「とんでもない。ちっとも恥ずかしいことじゃないわよ。新しいことを始める時にドキドキするのは、大人でも子供でも同じだもの。でも嬉しいわ。あなたがここにいてくれるなんて。あたしたち、また会えるかしら」
「はい。ここにいる間は毎晩そちらに伺います」
「約束よ。他の店の女に目移りなんてしないでね」
演技じみた言い方をすると、老紳士は楽しそうな笑いを含ませた声で返事をした。
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