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ホワイトマン  作者: 水見 あさや
2.出会い
20/67

2-7


 歌をうたった夜、あたしを待つ男はいつもより増える。

楽屋の窓にかかる分厚いカーテンをつまみ、アレルとジョーが守る門を見る。

大小様々なプレゼントを手にした男たちが、門が開くのを今か今かと待っている。



 支度を整えて外へ出ると、あっという間に男たちに取り囲まれ、人だかりの中心へと押しやられた。

見覚えのある顔もない顔も一斉に口を開き、四方から手が伸びてくる。



「やっぱりクルトの歌は最高だ。もっと頻繁に君の声を聞きたいよ」

「君は歌も歌えるんだね。透き通ったきれいな声だった」

「他の子のところに行くつもりだったけど、あの歌にすっかりやられたよ。次はいつ歌う? 他にも持ち歌はあるの?」



 饒舌な男たちは、あたしと向き合っていなくても一方的に話しかけてくる。

差し出されるプレゼントで腕はすぐにいっぱいになり、張り上げられた声はあたしの疲れた身体の表面を滑り、足元に転がって道を塞ぐ。



 今やあたしを囲む輪は三重にも四重にもなっている。

その半分以上とまだ話をしていない。

頬を上気させて熱弁する男たちは寒さを忘れているのかもしれないけれど、短いスカートのあたしは足元から冷気に呑まれ始めていた。

それに加えて、歌っている最中にあたしをおびやかした古い記憶が、「こっちを向いて」としつこく手を引いてくる。

都合のいい甘えを振りほどき、男たちの声に笑みを返したり話に乗るふりをしても、心は上の空で何も響いてこない。

少しでも気を抜けば、即座に表情が強張ってしまいそうだ。

この状態に陥ったら最後、愛しいあたしの寝室で深い眠りにつくより他にリセットの方法はない。



 普段は嬉しいプレゼントも、今夜はかさばる荷物でしかない。

過去がちらつく状態では、好物をもらっても「好きだったあの人と食べたい」と考えてしまう。

綺麗な物をもらえば「あの人と一緒に見たい」と思うし、服やアクセサリーをもらえば「これを身につけてあの人と歩きたい」と考える。

けれど贈り物に気分が高揚するのはほんの一瞬のことで、すぐにそれが二度と叶わないことだと思い出し、必要以上に落胆する。

そして、つらい気持ちを忘れたくていつも以上に酒を飲み、理性を手放して男と耽る。

そうすれば、束の間でも現実から目を背けることができるから。



 両腕にいくつもショッパーバッグを引っ掛け、持ち手のないものは胸に抱え、男たちの相手をする。

男たちは、あたしの目を引こうと執拗にモーションをかけてくる。

その度に輪が乱れ、視界が揺れる。



 口の止まらない男を押しのけ、後ろからプレゼントを掲げた男が割り込んできた。

けれどそのプレゼントをあたしに差し出す前に、押しのけた男に肩を掴まれた。

割り込んだ男の右手にいた男が迷惑そうな顔をして、左手にいた男は面白そうにはやし立て、周囲が徐々に険悪な雰囲気になっていく。

それに気付いた誰かが「危ないぞ」とあたしの肩を抱いた。

あたしの両手が塞がっているのをいいことに、その手が必要以上に身体を撫でる。

図々しい手をあたしが注意する前に、どこかの正義漢の声が上がり、それを発端にすぐそばで口論が始まった。

疲れた身体に、耳障りな怒声がうるさく響く。

抱えたプレゼントがずっしりと重く、今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。

騒ぎに気付いたジョーがこちらに向かおうとするけれど、男たちの壁に阻まれて、なかなか近くまで来ることができない。



 なんだか頭が痛くなってきた。

今日は体調が優れないからと言い訳して、まっすぐ家に帰ってしまおうか。

でもそうすると、忘れたはずの思い出と嫌でも向き合わなければならない。

居心地のいい部屋でぐっすり眠れるよう、一暴れしていきたいのに。

さっさと今夜の相手を決めてしまいたくても、プレゼントを掲げる腕はまだたくさん残っている。



 目を閉じて細く溜息をついた時、少し離れた場所から不意に優しい声がかけられた。



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