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食べることを最優先にしながら、ぼんやりと考え事にふける。
今日は、いつもより早めにマクレーに入って調子を整える必要がある。
できれば音響係のロキオと二人のうちに納得がいくまで練習をしたいけれど、マクレーに住んでいるんじゃないかと思うくらいいつでもそこにいるマージが口を挟んでくるだろう。
マージのお節介は、ステージのことになるといつも以上に過熱する。
そして今日は、更に気合の入った指導になるだろうと予想できた。
今夜あたしが披露するのは、マージの分野である歌のステージだからだ。
あたしは時々、ステージで歌を任される。
歌うことは好きだしそれなりに声は出るけれど、あくまでもそれなりで素人も同然だ。
救いようのない音痴ではないものの、歌で人を集められる程じゃない。
それなのに、マージはあたしを歌のステージにも上げたがった。
マージ曰く「あんたがステージで歌声を披露することに意味がある」らしく、うまくなくても話題になるからいいのだといった。
でも、実際その言葉通りだったのはほんの一、二回までの話で、マージはあたしの歌に対して、今ではああだこうだと過剰に口を挟んでくる。
マージからすればアドバイスなんだろうけれど、昔歌をやっていた人間にいちいちけちをつけられるんだからたまったもんじゃない。
「プロの歌手に稽古をつけてもらえることを幸運だ」と思うことができたらいいのだけれど、あたしはそこまで歌に思い入れがなかった。
もう顔も思い出せない昨晩の恋人は、あたしに無茶な要求をしない男で助かった。
週頭のミーティングで歌うことが決まっているのに喉を傷めたなんてことになったら、マージがどんなに恐ろしい形相であたしにお説教をするか、考えたくもなかった。
空になった食器をそのままに、ソファに寝転んで雑誌を眺める。
あくびをしながらめくったページには、見覚えのあるワッフルが載っていた。
人気急上昇、ホワイトナイトの新名物、とある。
雑誌で取り上げられたことでしばらく手に入りにくくなるだろうけれど、あいにくあたしは先週、溜め息が出る程にそれを食べていた。
ステージの後、あたしを囲む男の一人から「好きな食べ物はなにか」という質問が出たことがあった。
あたしはその時食べたかったから、という理由で「ワッフルよ」と答えた。
するとそれを聞いていた男たちが、次の日こぞってワッフルを持ってきた。
それを見た男たちが、今度はその翌日にワッフルを手に現れた。
更にそれを見た男たちもワッフルを持ってきて、というように、一週間ワッフル責めにあった。
日に一つ二つならまだしも、一晩に百個以上贈られてどうしようもできず、マクレーの冷蔵庫をワッフルでいっぱいにしたものだ。
甘いものに目がないショーガールたちにかかって無事平らげることができたけれど、その後しばらくはあちこちから「ステージ衣装がきつくなった」と嘆きの声が聞かれた。
それ以来、人が大勢いる場面で食べ物の話はタブーになったのだった。
ケーキ、パイ、エクレア、ドーナツ、元々甘いものが好きなことに加え、プレゼント好きな恋人たちのおかげで街のスイーツを知り尽くすあたしは、それなりに肉付きがいい。
元々重量があった胸がここに来てツーサイズもアップしたのは、今まで口にしたことがないものをたらふく食べて栄養を補給したからだと思う。
それでも体重が標準を上回らないのは、ハードなステージのおかげだろう。
適度な緊張感と日々の激しいステージは、カロリーの消費にちょうどよかった。
そんな触り心地のいい身体の持ち主は、人目がないところではすっかりだらけてしまう。
行儀悪くソファにもたれ、昨晩もらったギモーヴをつまむ。
昨夜着ていたドレスの手入れは、クリーニング屋に任せることにしよう。
傷の入ったネイルは、衣装係のイルに代用の付け爪を用意してもらえばいい。
やまないあくびをかみ殺しもせずにふわふわ言いながら雑誌のページをめくると、また見覚えのあるものが載っていた。
幅広のリボンが巻かれた、つばの広いキャペリーヌ。
ソファのスプリングを利用して反動をつけて起き上がり、パン屋に行く時にかぶった帽子を手に取る。
内側のタグには、誌面と同じブランドのロゴが刺繍されていた。
誌面によれば、来月発売の新作らしい。
一流ブランドの発売前の新作なんて、また大層なものを頂いたものだ。
また違うページには、同じくパン屋にかけていったサングラスが載っていて、金額を見て驚いた。
こんなものをプレゼントに選べる人間が、自分に熱を上げているなんて未だに実感がない。
あたしは一流ブランドが似合う女にちゃんとなれているのかしらね。
そう呟いて、またごろりと寝転んだ。
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