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ひっきりなしに貪り合う夜がようやく終わろうとしていた。
ディールは予想通り支配欲を持っていて、一緒にいる時間が長引けば長引く程、言葉の端々や行動から荒さを滲ませる男だった。
あたしは最初のうちこそ、強引に扱われて悦ぶふりをしていたけれど、途中で疲れてやめてしまった。
それでも求められるだけの反応は見せたから、気付かれることはなかったと思う。
薄明りの中、時計の針が夜と朝の境を指したのを見て、あたしはベッドから身体を起こした。
「このままあなたと朝を迎えたいけど、寝不足の顔でステージに上がるとうるさい人がいるの。だから、名残惜しいけどそろそろお暇するわね」
マージのせいにして帰ろうとするあたしを、ディールはなかなか離そうとしなかった。
駄々をこねる子供をなだめるように優しい声を出しながらも、疲れた身体と思考はすぐに苛立ちへと転がりそうになる。
それをぐっと押し込めて、ディールの指先に唇を押し当てた。
「お願いディール。今日は帰してちょうだい。次の夜はずっと一緒にいるから」
「そんなこと言って、次なんてないんだろ」
「まさか。この刺激的な夜を忘れられなくて、あたしきっとすぐにあなたが欲しくなるわ」
未練がましい顔をしながらもあくびをこらえきれないディールの髪を撫で、額にそっとキスをする。
「ほら、夜通し起きていて疲れたでしょう? もう眠らなくちゃ。あなたが夢に落ちるまで、あたしはここにいるから」
指先で髪を梳くうちに、ディールはあたしの身体に手を回したまま寝息を立て始めた。
起こしてしまわないように少しずつその腕の輪で身を捩り、やっとのことで上質なベッドから抜け出した。
あどけない寝顔を見下ろし、吐息だけで囁く。
「ごめんねダーリン。あたしあなたのことをすぐに忘れてしまうわ。でも悪く思わないでね。あたしの胸には、もう長いこと住みついてる人がいるの。この胸の中はたいそう狭いから、一人入れただけで定員オーバーなのよ」
物音を立てないように身支度を整えて、あたしはオートロックの重たいドアをすり抜けた。
ここのホテルのフロントマンは、明け方の呼び鈴にも嫌な顔一つせずタクシーを手配してくれる。
宿泊客の客人として訪れるうちに顔見知りになったフロントマンが、今日も夜明けに相応しい清潔な笑みを浮かべて話し相手になってくれた。
「おはようございます。今夜もお友達のところへ遊びにいらっしゃったのでしょうか」
「友達じゃなく、恋人よ。もっとも今はもう赤の他人だけど」
含み笑いをするあたしを見てもにこやかな表情を崩さず、フロントマンは手を差し伸べた。
「よろしければお一つどうぞ」
差し出されたのは淡いピンク色の小箱だった。
結ばれたリボンには、ホワイトナイトの土産の定番である高級チョコレート店の名前が印字してある。
「グラマンテのチョコね。嬉しい、大好きなのよ」
「それはよかった。昨晩、当ホテルのレストランでお誕生日のお祝いをされたレディがいらっしゃいまして。そのレディへ、ささやかなプレゼントとして用意したものです。余り物で恐縮ですが」
「ありがとう。一暴れして小腹がすいたところだったの」
「そうでしたか。ぜひ召し上がってください」
きっとこのフロントマンは、お客が何を言おうと表情を変えたりしないんだろう。
たとえあたしが今夜のふしだらな出来事を事細かに聞かせようとも、花でも愛でるような顔をして爽やかに相槌を打ってくれる。そんな気がした。
「そのお嬢様はおいくつになったの?」
「小さな手をいっぱいに広げて、五つになったと教えてくださいました。舌足らずな口調で色々お話ししてくださいましたよ。今夜はプレゼントのテディベアと眠るんだとか、明日は遊園地に行くんだとか、ここに来る途中に見かけた海がきれいだったとか」
「そうなの。世の中には綺麗な海もあるのね。あたしは虹色の油でコーティングされた波と、漂着物が流れ着く浜しか知らないから、海というものが嫌いなのよね」
他愛のない話をしているうちに車が着いたと声がかかった。
「いってらっしゃいませ。良い一日を」
笑みを絶やさなかったフロントマンの胸ポケットにチップを入れ、あたしはひらりと手を振った。
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