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竹内緋色 短編シリーズ

いちごの花は白い花

作者: 竹内緋色

いちごの花は白い花


 わたしは春が好きです。寒いのが嫌いだからです。だから、冬は嫌いです。こうやってお外を歩いていると、ある春の日のことを思い出します。あの日もこのような春の陽気に包まれた日でした。


 わたしはともだちとランドセルを背負って、学校へと向かっていました。わたしのランドセルはいちごのように真っ赤なランドセルで、ともだちのランドセルは綺麗な水色をしていました。

「せいかちゃんはきれいないろのランドセルでいいなあ」

 わたしはともだちのせいかちゃんにそう言いました。

「あやかちゃんのランドセルも真っ赤できれいだよ」

 わたしはそうは思っていませんでした。なんだか真っ赤なランドセルは昔のランドセルのような気がしたのです。せいかちゃんはとってもいい子でした。素直で明るくて、時々せいかちゃんを見るのが眩しく思うほどでした。

 でも、そんなせいかちゃんにも胸に暗い影が差していました。

「パパ、まだ帰ってこないんだ」

 三か月前からせいかちゃんのパパは帰ってきていないそうです。とても人のいいパパで、浮気をするなど考えられません。だから、近所の人は何か事件に巻き込まれたと考えていました。

「だいじょうぶだよ。きっとせいかちゃんのパパは見つかるよ」

 わたしは精一杯明るくせいかちゃんに言いました。こんなとき、せいかちゃんを明るく励ますことができるのはともだちのわたしだけです。

「うん。ありがと」

 そうやって、せいかちゃんは笑顔で先に進んでいきました。そんな時です。

「大きなお花が咲いてるよ」

 せいかちゃんはそう言って歩くのを止めていました。先に歩いていったせいかちゃんに追いつくと、確かに、白いお花が咲いています。コンクリートとコンクリートの間に三つ、白い笑顔を見せてくれていました。

「これ、なんのお花かな」

「いちごだよ」

 わたしの祖父母の家がいちご農家なので、その花をよく見たことがありました。

 それにしても、大きなお花でした。栽培されてあるいちごの花よりも大きくて、コンクリートの間からこんなお花が出てくるのには驚きでした。

「おいしいいちごができるかな」

「きっとできるよ」

 わたしたちはいちごの花の前でしゃがみ、互いに顔を合わせてにっこりと笑い合いました。


 帰り道、わたしはいちごのことが気になったので、一人でいちごの花のところまで行きました。

 わたしはおばあちゃんからこんなお話を聞いていたからです。

「いちごの外のつぶつぶはね、いちごの種なんだよ」

「お腹からいちごが生えて来ちゃうの?」

 わたしは子どもながら怖くなってしまいました。

 そこはビニールハウスの中で、少し暑かった記憶があります。

「大丈夫だよ。お腹で消化されるし、そもそも、このいちごからは目が出ないんだよ」

「どうして?」

「ヒンシュカイリョウって言うんだけど、あやかにはむずかしかったねえ」

 わたしはその言葉が胸に残っていて、学校に着いてからずっとあのいちごの花が気になっていたのです。一体どこからいちごの種は来たのでしょう。周りにいちごの花が他にもあったのでしょうか。

気になって、いちごの花の前まで来たのですが、そこにはすでに先客がいました。おカッパ姿に赤いランドセルを背負っているので、トイレの花子さんを見たような驚きがありました。その子はわたしに気がついたようで、さっと立つと、わたしを見つめてきました。その瞳を見てわたしはさらに驚きました。その子の瞳は宝石のように青く輝いていたからです。肌も心なしか白いように思われました。

「え、えっと……」

 わたしはなにか言おうと思いましたが、咄嗟に言葉が出て来ません。おんなのこはわたしに興味を無くしたのか、くるりとわたしに背を向けて去っていきました。夢でも見ているかのようでした。

 わたしはしばらく佇んだ後、当初の目的を思い出して、いちごの花を見ました。見ていても、なにかが変わる訳ではありません。でも、わたしにはなんだかこの白い花がなにかを告げているような気がしてなりませんでした。

 わたしはいちごの花の周りを見渡します。片方は車の通る道路になっていて、いちごがあるのは車道沿いの歩道の向かい側で、そちらにはゴルフ場がありました。ゴルフ場側は大きなネットがかかっていますが、ネットと歩道の間には深い溝ができていました。そこに草がいっぱい生えていて、いちごのおともだちがいるのかなと思って歩道の手すりから身を乗り出しましたが、他にいちごの花を見ることはできませんでした。

 ちょっと遠回りしてあたりの畑を見てみましたが、いちごを作っている様子はないので、ますます不思議です。一体どこからいちごは来たのでしょうか。


 わたしはそのことをお父さんとお母さんに話していました。

「それは不思議だね」

「でしょう?」

 でも、お父さんとお母さんは小さな不思議のことなどどうでもいいようでした。それに、わたしにもこれ以上のことは分からなかったのです。


 そして、次の日です。わたしとせいかちゃんがいつものように学校へと向かっていると、いちごの花のあるところに昨日のおんなのこが立っていました。

「ニトロちゃん?」

 せいかちゃんは女の子のことを知っているようでした。

「少し待っていてくれないか」

 ニトロちゃんは大人びた口調でそう言いました。すると、後ろから誰かが走ってきました。

「お父さん」

 それはわたしのお父さんでした。急いで一体どうしたのでしょう。

「いやあ、あやかの言っていたいちごの花が気になってね」

「それもそうだろうな」

 冷ややかな声が聞こえました。わたしは心臓が止まりそうなほどぞっとしました。わたしは声の主の方を見ます。それはニトロちゃんでした。

「きみは一体――」

「出てこい、シーナ」

 ゴルフ場と歩道との間から何かががさごそと動く音がしました。溝から何かが這いだしてきます。それが大人の人だと分かった瞬間、わたしとせいかちゃんはスカートのすそを押さえていました。きっとロリコンというやつです。

「良かったな、役得だぞ、ロリコン」

「俺はロリコンじゃねえし、この歳は流石に犯罪者だ」

「ケイスケ?」

 わたしのお父さんは確かにそう呟いていました。口をあんぐり開けて、頬がぴくついています。顔はだんだんと白くなっていきました。

 溝から這い上がってきた大人の人は歩道へと上がってきました。その時、白いいちごの花が男の人の足に触れて揺れました。

「遺棄したのはここじゃねえんだろ?」

「ぐっ」

 お父さんは呼吸ができないようなそんな顔をして苦しみだしました。一体どういうことでしょう。

「ニトロちゃん。一体なんなの?」

 せいかちゃんは不安そうな顔をしてニトロちゃんに尋ねました。

「君の父親を殺した犯人が彼なんだよ」

 世界が凍り付いたような、そんな感覚がしました。もう、ここがどこなのかさえはっきりとしません。

 そんなわたしをよそに、ニトロちゃんはしっかりと言葉を紡いでいきました。

「品種改良したイチゴは次の代に変わると、原種に戻る。故に、我々が普段口にしているイチゴは全て品種改良したものだ。そして、この件のイチゴ。原種はこんなに大きな花を咲かせない。故に品種改良されたものだ。では、何故、ここにイチゴは花を咲かせたのか。

 そもそもに、イチゴは一般的に苗から植えられる。種から作る例は数少ない。なら、こんなコンクリートの切れ目に誰かが植えたのか?いや、植えられるだけのスペースはなく、そもそも、どうしてこんなところに植えたのか不思議でならない。なら、答えは一つだ。何らかの要因によって、品種改良されたイチゴの種が運よくこのコンクリートの間に転がり込んで、奇跡的に芽を出し花を咲かせたのだ。

 だが、これはそれで終わりはしない。品種改良されたイチゴの種を使っている農家はこの辺りでは一件しかないのだよ。それが赤坂家、つまり、君たちの祖父母なのだ。非常に珍しいことをしているそうじゃないか。だが、農家というのはこの時代では全国的に窮地に立たされている。君たちの家族もそうだったのだろう?」

 ニトロちゃんは冷ややかな視線をお父さんに向けた。その瞬間、お父さんはいつものような優しさが遠くに行ったような恐ろしい顔をして、ニトロちゃんに向かって行った。その間にシーナと呼ばれた男の人が割って入って、お父さんの腕を掴み、くるりとお父さんを回転させ、地面に叩きつけた。

「どういうことなの。お父さん」

「俺たちの土地はずっとケイスケの、蒼崎の土地だった。種から作るなんて効率の悪い方法じゃ、収益は上がらない。周りの農家も農業を止めてしまった。そんな時、ケイスケが土地を売るから出て行けと言ったんだ。建てた家も金をつぎ込んだ施設も全て手放せと言ったんだ。俺の稼ぎでは父と母を養うなんて到底できない。だから、売られる前に殺すほかなかった。そうするしかなかったんだよ!」

 お父さんは子どものように泣きじゃくった。わたしはどうすればいいのか全く分からなかった。

「蒼崎の家は経営していた会社が倒産していたそうだ。従業員の退職金の支払いを巡って、今も訴訟が続いている。その資金として金が必要だった。じゃねえと、借金まみれで生きねえといけねえ。確かに、蒼崎も無茶苦茶なことを言ったかもしれねえが、それだけ切羽詰まってたってことだ。お前たちは親友だったんだろ。なんで殺しちまったんだ」

 シーナさんは悲しそうな声で言いました。

「これが蒼崎を殺した凶器だろう?」

 シーナさんは包丁を見せます。

「冬も近づくある日、お前はここでぐさりと蒼崎を殺した。蒼崎と赤坂の家の近くで、時折お前たちが集まって話しているのを見ている人が大勢いる。事件当時の目撃情報がないことから、車も人通りも無くなる夜に犯行を行ったんだろう。わざわざ、実家から死体を運び出せるワゴン車を持って来てな。刺し殺した後、気が動転したお前は凶器をこの溝に落とした。誰かが来るとまずいので車に死体を乗せてどこかの山に遺棄したのだろう。おそらくは農場の近くじゃねえか?お前は包丁を探そうとしたが、朝は小学生の通学路で、夜はよく見えない。昼も車の通りがあり、怪しまれる。溝を覗くとぱっと見、見えはしなかったから、安心して放っておいた。でも、最近、自分の罪を暴くように白いいちごの花が咲いた。罪の露見を恐れたあんたはここに急いで来たと。そういうこったな」

「俺が一人でやった。だから、家族は関係ない」

 泣きながらお父さんは言った。その言葉が嘘なのは子どものわたしでも分かっていた。

「自首すりゃそういうことにしてやってもいい。法廷に出されるのは確実だろうがな」

 シーナさんは大きくため息をついた後、お父さんを立たました。そして、言いました。

「悪いな、嬢ちゃんたち。こんな物騒な話をしてな」

 お父さんを連れて歩道を歩いていきました。二人の背中はどんどんと小さくなっていきます。

「せいかちゃん……」

 わたしはずっと黙っていたせいかちゃんに声をかけました。でも、返ってきたのは痛烈な言葉でした。

「この人殺し……」

 憎しみのこもった言葉でした。歯を思いっきり食いしばり、目を赤くして、瞼にはいっぱいの涙をため込んでいます。

「あんたなんか、もうともだちじゃない!」

 せいかちゃんは水色のランドセルを揺らして学校の方へと走って去っていきました。後にはわたしとニトロちゃんといちごの花だけが残りました。

「どうして、どうしてこんなことをするの!」

 わたしはせいかちゃんと同じようにニトロちゃんに怒っていました。

「西洋の花言葉は『完全なる善』だそうだ」

 ニトロちゃんはそう言って去っていきました。


 それから、わたしたちは別の町へと引っ越しました。人殺しの子であるのがバレないほど遠くへと。そして、わたしのお腹には新たな命が芽生えました。父親は誰なのかわかりません。

 わたしはふと、あの時のことが気になって、この町に帰ってきたのでした。せいかちゃんには会えません。あんなことがあったのに、わたしはせいかちゃんに会うことを楽しみにしていたようでした。

 車道沿いの歩道を歩いていると、誰かがしゃがんでいました。赤いランドセルに黒いおカッパの髪がトイレの花子さんみたいです。そのおんなのこはわたしが近づいたのを感じると、さっと私の脇を通って去っていきました。おんなのこの目を見てわたしは驚きました。宝石のように青い瞳だったのです。

「日本での花言葉は『幸福な家庭』だ」

 変わることのないおんなのこはわたしにそう告げて去っていきました。

 おんなのこがしゃがんでいたところにはいちごが白い大きな花を咲かせていました。

 今年も誰かが誰かの幸せを奪ったことを彼女に知らせたのでしょうか。


The flowers melt someone’s heart.

Fine.


 身近な不思議に誰も疑問を持ってはくれない


 この短編に出てくるいちごの花というのは、実際にある。というか、あった。描写と同じようにコンクリートの間にひっそりと咲いていて、驚くほど大きな白い花を咲かせていた。これは野イチゴの花ではあり得ないな、と思い、この場所でいったい何が・・・と考えていくうちにこの作品ができた。しかし、実にあのいちごの花は謎である。日当りのいいところに咲いていたせいか、今はもう、枯れてしまっている。

 だが、実はいちごの旬というのは夏らしいのである。もしくは秋か。春には養殖のいちごは花を咲かせない。ならば、やはり、天然ものか。でも、田舎で見たこともないものが、都会に咲くだろうか。

 現実的に見れば、いちごを食べた鳥の糞が都合よくコンクリートに入ったのかもしれない。実は、品種改良された農作物は原種に戻りゆくのだけれど、すぐには戻らないこともあるらしいのである。では、そうなのか。

 たとえ様々な仮説の通りであっても、いちごの花が咲いたということにものすごい奇跡が隠されている。でも、私はひねくれていて、奇跡など信じないから、そこに何者かの意図というか、作為があるのではないかと考えたわけである。

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